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2015年10月14日 (水)

沖縄史についての基礎的な事実を確認してほしい。

 沖縄の翁長知事が、仲井真前知事が知事選挙での公約に違反して行った辺野古新基地の埋め立て承認を取り消した。

 歴史家としては、多くの人びとが、この機会に沖縄史についての基礎的な事実を、少なくとも10世紀くらいから第二次世界大戦末期の惨酷な結果となった沖縄戦まで確認しておいてほしいと思う。同じ列島に住むことによって、いわゆる本土と沖縄が、どのような歴史的な関係をもってきたのかということである。それを常識にした上で問題を考えるべきだと思う。昨日のブログでふれたように、手頃なのは、豊見山和行編『琉球・沖縄史の世界』ー「日本史」を揺るがす琉球史(吉川弘文館、2003年)である。これは小学校から教えるべきことである。

 政府は訴訟を起こすということだが、行政審査不服法は、国が自治体の行政的決断について国が訴訟をするということを予定した法律ではない。国が訴訟を起こすということは国が私人としての資格で行動することを意味する。国家が私人として行動することは現代法ではありえないことである。

 法治主義の第一の基本は選挙結果に行政はしたがうことである。名護市長選・県知事選・衆議院選挙などで沖縄県民の総意は何重にも確認されている。世論調査でも県内移設反対が8割に達している。県知事選はいわば住民投票である。住民投票による住民自治に従うというのは民主主義国では普通のことである。それを越えるような国家判断なるものをすることは許されない。

 菅官房長官は、一度決まったことだ。行政の継続性だと県知事を批判したというが、ようするに選挙結果にしたがう気持ちはないということである。こういうことは法治主義の大原則に反する。とくに安部自民党は自党の国会議員の公約を変更させ、さらに仲井真前知事に公約を変更させた当事者である。選挙で確認された公約を変更させるというのがまず不当な行為である。不当な行為をしておいて、それが行政の継続性だというのは、やった方が勝ちという論理である。自身で踏みにじっておいて、それに抗議があると、もう決めたことだというような発言は許されない。これは、ようするに「俺が決めたことだから守ってもらう」「俺が法だ」ということである。これをジャーナリズムは全力を挙げてたたくべきである。そうでなければ、これでは社会はもたない。こういう状態で、行政不服審査を訴えるということは、ようするに国家よりも私党を上におくということである。
 
 こういうことが起こるのは、現在の「安倍自民党内閣」に特徴的なことで、ヨーロッパ・アメリカでは考えられないことである。United Statesアメリカの一州の決定をアメリカ政府が行政不服審査でひっくり返せる訳がない。相似しているのは、ご近所だと現在の中国の体制であろうか。広くみれば、ここには政治と社会の関係の「東アジア的」な特質があるということであろう。国家と中央都市が意思決定において優先するというのは東アジアの政治意思決定のシステムである。しかし、日本の「本土」であれば、住民投票は決定的な意味をもつにもかかわらず、「基地」「沖縄」となるとそうはならないというのは、東アジア的な特質一般では理解できないことである。これはようするに、アメリカ従属であり、沖縄差別である。アメリカでは考えられないシステムによってアメリカに奉仕しようというのが何ともいえないところである。

 第二次大戦後のアメリカへの国家従属は、沖縄に基地をおくことによって支えられてきた。沖縄県民は第二次大戦末期の沖縄戦で県民の四分の一を殺された上に、アメリカ軍占領下で土地を収用され、基地を押しつけられた。沖縄戦の惨状を国民のうちどれだけの人がどれだけの精度と実感をもって知っているだろうか。それなしに議論は不毛である。この事実は小学校で教えるべきことである。

 今の事態は、その歴史的な結果が、問い直されているということである。それを問い直さないまま、安部自民党「国家」は、沖縄県と事を構えようとしている。

 私は、今年3月に、ブログに「国と自治体の行政は、主権者の意思を尊重し、それにできる限り従うことを前提として、同じ国家の行政組織として相互に調整するというのが普通のことである。しかし、このままで行くと、国(というよりも自民党内閣)と県庁の全面的な対立に発展する可能性がある。こういうことは明治維新以降の日本現代史の上ではじめてのことである。自由民権運動のときは地域社会と藩閥政府の対立という実態はあったが行政行為において、こういうレヴェルの対立はなかった」と書いた。第二次大戦前の県知事は中央の決定であるから、こういうことは起こりえなかったことはいうまでもないから、行政の相互が行政行為それ自身で対抗しあうというのは、日本国家史上ではじめてのことであると思う。歴史家としてはそういうことを目撃しているという感じで事態をみている。

 さいごに、右の豊見山和行編『琉球・沖縄史の世界』ー「日本史」を揺るがす琉球史(吉川弘文館、2003年)についての拙著『日本史学』(人文書院)での紹介をもう少し長く引用しておく。

「日本のナショナリズム=民族的な連帯意識の弱さ」

 1963年に刊行された『沖縄』(岩波新書)は、現在でも読むにたえる沖縄史論の古典である。その第一節「日本人の民族意識と沖縄」は、「本土」の沖縄についての「異常な無関心」を伝えるところからはじまり、「沖縄にたいするこうした無理解、国民的な連帯意識の弱さは、とうぜん沖縄返還運動を全国民的なものとするうえに大きな障害となっている」「日本のナショナリズム=民族的な連帯意識の弱さについては、すでに多くの学者の論及がある。むしろその問題は、戦後の日本の論壇での、最も主要な継続的なテーマであった。そこには、たんに日本人の一般的な民族意識の弱さという問題だけでなく、沖縄に対する一種の差別意識の問題がある」と続く。そして、その差別意識の根拠は「琉球という一種の異民族、異質の 文化圏にぞくする僻地としてのイメージが、日本人の意識に歴史的にうえつけられている」ことに求められる。

 『沖縄』の筆頭著者・比嘉春潮は柳田国男に師事した著名な民俗学者であり、彼がこのように問題を設定したのはめざましいことである。しかし、問題は事実認識にあった。つまり、新書『沖縄』は「本土」と琉球の「民族的」近接性を強調する一方で、琉球を固定的に「僻地」とみてしまう。弥生時代に農業の道をとらなかったために農業の発達が遅れ、停滞的な歩みの中で沖縄は眠っていたとまでいうのである。(中略)しかし、近年の琉球史の研究は、琉球が豊かなサンゴ礁の漁撈、多様な海産物と硫黄・砂糖などの特産品をもち、「僻地」であるどころか東南アジアに貿易圏をひろげた大規模な港市国家であったことを明瞭にした。

 沖縄の動きは目を離せない。

沖縄史についての基礎的な事実を確認してほしい。

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