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2015年10月13日 (火)

翁長さんの記者会見をみて

翁長さんの記者会見をみて、最近出した『日本史学』(読書案内)に自分で書いた文章を思い出した。全テキストは出版契約によって載せられないが、「日本のナショナリズム=民族的な連帯意識の弱さ」というものを本当に考えなければならないと思う。

豊見山和行編『琉球・沖縄史の世界』ー「日本史」を揺るがす琉球史(吉川弘文館、2003年)
「日本のナショナリズム=民族的な連帯意識の弱さ」
琉球王国の歴史
「日本人」という言葉のワナ
 1963年に刊行された『沖縄』(岩波新書)は、現在でも読むにたえる沖縄史論の古典である。その第一節「日本人の民族意識と沖縄」は、「本土」の沖縄についての「異常な無関心」を伝えるところからはじまり、「沖縄にたいするこうした無理解、国民的な連帯意識の弱さは、とうぜん沖縄返還運動を全国民的なものとするうえに大きな障害となっている」「日本のナショナリズム=民族的な連帯意識の弱さについては、すでに多くの学者の論及がある。むしろその問題は、戦後の日本の論壇での、最も主要な継続的なテーマであった。そこには、たんに日本人の一般的な民族意識の弱さという問題だけでなく、沖縄に対する一種の差別意識の問題がある」と続く。そして、その差別意識の根拠は「琉球という一種の異民族、異質の 文化圏にぞくする僻地としてのイメージが、日本人の意識に歴史的にうえつけられている」ことに求められる。

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