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2015年10月15日 (木)

『老子』41章。大器晩成を読んでみた。

『老子』41章。大器晩成を読んでみた。
 神話論(大国主命論)と徳一和尚についてのゲラを返したので、『老子』にもどっている。
 『老子』を読むことは、東アジアへの視点を確保するために必要なことだと考えている。湯川秀樹は「日本人は、『老子』を初めとする中国の独自の思想を今日まで公平に評価することを余り知らない」といっている。これは倭国神話と神道の再評価、現代的受け止めの問題にも関係すると思っている。


 大器は晩成し、大音は微かに聞こえる

上士は道を聞けば、勤めて之れを行う。中士、道を聞けば、存るが若く、亡きが若し。下士、道を聞けば、大いに之れを笑う。笑わざれば、以て道と為すに足らず。故に建言に之れ有り。「明道は昧きが若く、進道は退くが若く、夷道は纇れたるが若し。上徳は谷の若く、太白は辱なるが若く、広徳は足らざるが若し。建徳は偸なるが若く、質悳は渝るが若く、大方は隅無し。大器は晩成し、大音は希声、大象は形無し」、と。道は隠れて名無し。夫れ唯だ道は善く貸し且つ成す。

上士聞道、勤而行之。中士聞道、若存若亡。下士聞道、大笑之。不笑、不足以為道。故建言有之。明道若昧、進道若退、夷道若纇。上徳若谷、太白若辱、廣徳若不足、建徳若偸。質悳若渝、大方無隅。大器晩成、大音希聲、大象無形。道隠無名。夫唯道善貸且成。

士で善いものは、道の理法を聞けば理解して実践につとめる。士で普通のものは半信半疑でよくわからず、士で最悪のものは馬鹿にして笑い出す。逆にいえば彼らに笑われるくらいでなければ本当の道とはいえないのかもしれない。つまり格言でいうと、道というのはこういうことになるからだ。「本当に明るい道は暗いように見え、前に進む道は退いていくように見え、夷な道は入り組んでデコボコのように見える」。(これは事実なのだが、安直に聞いてれば何のことか分からないだろう)。また「最善の徳は谷間のようであり、潔白なものは薄汚れているようであり、寛容な徳は足らないようである。確固と建てられた徳は仮初めのようであり、質実な徳は変わり身が早いようであり、広大な正四角形は尖ったところがないようである」ということになる。さらに「大きな器量をもった人物は晩成であって、巨大な音は耳にかそけく、巨大な象は、その姿形が目に入らない」(などということになると笑い出すという訳だ)。しかし、そもそも道は現象の背後に隠れていて名付けようのないものであって、こういう語り方が実際に必要なのだ。そして、それが分かってくれば、ただ道だけが、善く惜しみなく万物に力を貸し、目的を達成させることができることも分かるはずだ。

解説
 この章からは老子が「士」というものの立場に立っていることがよくわかる。老子の男の友人たちはみんな「士」であったに違いない。周の時代には周王を最高位として諸国に諸侯と呼ばれた王がおり、その家宰職ともいうべき卿太夫の家柄があった。「士」というのは、その下にいた中下級の貴族や官吏の身分をいう。しかし、春秋時代の後期に入って、前六世紀後半になると、この士の身分のものが台頭してくる。「士」は統治の責任を受け持ち、しばしば小領主あるいは地主であると同時に、文武の職能をもって奉仕する身分として確立する。これが東アジアの「士」の時代の開始であって、日本の武士もはるかに後の時代とはいえ、その一つである。

 ただ、上の現代語訳を一読すれば分かるように、老子は、この「士」の立場からも相当に自由な態度をとっている。つまり、老子は「士」というものはこういうものだというような立論をしたり、その身分的な意識や、倫理感情に訴えたりしない。これは同じように「士」の世間を活動場所としていた孔子と全く異なっている。孔子は「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり」といったが(『論語』里仁)、これは「士である以上は、道が分かったら死んでもいいという潔さをもて」という倫理要求である。老子は、そういうことはいわない。なによりも、「道を聞いたら死んでもいい」などという馬鹿なことはいわない。問題は「勤めて之れを行う」、つまり実践なのである。

 しかも極めつけは「大器晩成」である。上士は道を聞いたらば、すぐに実践に移すというのであるから、逆にいえば、これは善い「士」であったとしても、実践して大器であることを実証するのには時日を必要とするといっているのである。こうなると「士」は殆どの場合に道に到達することはできず、晩成であっても大器たることはできないといっているに等しい。これはすでに見たように、老子が「曲なれば則ち全く、枉なれば則ち直し」(曲折が多い方が真っ当なものになれ、横道に入らなければ正道はわからない。二二章)と言っていることに対応する。様々なものを受容して「器」を大きくすることが必要であるという訳である。

 これに対して、孔子の場合は「士」は最初から「士」なのであって、あとは素直に道を聞けばいいというのである。孔子のいうのは「直を挙げて、これを枉に錯け」(『論語』為政)という直線的な教えであって、老子のように「枉なれば則ち直し」という複眼的な視野はないのである。そもそも、『論語』は「君子は器ならず」(君子はそもそも自由なもので、虚ろな器のようにもいのごとを受け入れる必要はない)という。孔子にとっては君子は最初から君子なのであって、それは身分意識において決まっている。誇り高き君子は「受容=器」であることは必要ないという訳である。

 逆に老子は「器」に象徴される女性的な受容に大きな価値をおいていることは、すでに述べた通りである。上文にも「上徳は谷の若し」、つまり、上善の徳は水が流れ込む谷間のような包容力をもっているのだといっていることに注目されたい。

 さて、「本当に明るい道は暗いように見え、前に進む道は退いていくように見える」などの道の描写を、あなたはどう読むだろうか。「大器晩成」というのは、この部分が出所で、私たちにとってすでに有名な言葉だから聞いた途端に、その通りと思ってしまうが、これも相当に厳しい逆説なのである。

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