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2015年11月11日 (水)

「災害予知」の概念と国家賠償

「災害予知」と国家賠償
 地震学界では「地震予知」という言葉の使用をやめて「災害予知」「地殻災害の予知」という用語によって、その社会的責務を考えようという動きがある。これは地震の自然科学的側面ではなく、災害をもたらす側面を「災害科学」として議論していこうとするもので、正しい方向であると思う。これによって1962年のブループリントのいう「地震予知」=「地震発生の時期・場所・規模の告知」という考え方が転換できればよいと思う。

 私見では、この「災害予知」という考え方の最大の意味は、実際上、政治と行政自身が、そこに責任をもつことを明示した点にある。つまりブループリントのいう「地震予知」=「地震発生の時期・場所・規模の告知」とは茂木『地震予知を考える』が強調するように、社会的には「警報・注意報」を意味する。そして地殻災害が自然現象hazardsであるというよりも社会基盤の脆弱性にかかわる社会現象Disastersであるということになれば、原理的にいって、「災害予知」の基本的な責任は、社会を代表する行政と政治にかかるのである。地震列島・火山列島といわれる日本においては、地殻災害を予知し、人命を最優先し、社会の持続的発展の条件をまもる防災行政を展開することは決して部分的な問題ではない。どのような行政行為も、かならず、人為的な自然の改変にかかわり、災害素因にかかわる以上、これは行政全体をつらぬく原則でなければならない。
 しかし、阪神大震災をうけて一九九五年に設置された地震本部において長く地震調査委員会長期評価部会の部会長をつとめた島崎邦彦が明瞭に指摘しているように、二〇〇〇年代に入ってから国家中枢に位置する中央防災会議の政策決定に責任を有する政治家と高級官僚は、無知・無責任な行動をとった。三・一一との関係で重大なのは、地震調査委員会長期評価部会は二〇〇二年に日本海溝についての長期評価を公表し、「三陸沖北部から房総沖の海溝寄りのどこかで次の津波地震が発生するものとし、その規模を明治三陸地震の・t8,2から、・t8,2前後(・t8,1―・t8,3)とした」。しかし、「中央防災会議は、津波地震に関する地震本部の長期予測を受け入れず、(中略)これが甚大な津波災害と原子力事故をもたらしたのである」*1。中央防災会議が二〇〇四年に専門調査会における島崎らの地震学者の反対を無視し、長期評価によらずにきわめて甘い決定を行ったのである。同専門調査会自身は東日本大震災後に「これまでの地震・津波の想定結果が、実際に起きた地震・津波と大きくかけ離れていたことを真摯に受け止め」「今回の災害と想定との食い違いへの反省」*2を表明しているが、このような決定に責任のある政治家と高級官僚からの判断の事実経過とその反省の記録は存在しない。このような行動は国家犯罪というほかないものである。ヨーロッパでならば厳しい賠償訴訟があって、免職その他の社会的サンクションは当然のことである。並べ、東日本大震災における2万人近い死者の発生と東京電力原発事故の発生は、一義的には中央防災会議と国家の防災行政の誤りに起因するものであることは国民的な常識とされなければならない。

 なおここら辺のことは添田孝史『原発と大津波 警告を葬った人々』(岩波新書)を参照されたい。

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