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2015年12月17日 (木)

十和田シンポジウムで講演。23日。日本列島の火山噴火と日本の歴史

Kaino_posuta

下記のような話をする予定。

日本列島の火山噴火と日本の歴史
はじめに
Ⅰ地震・噴火のスーパーサイクル
Ⅱ一五世紀半から一八世紀の地震・噴火
Ⅲ七世紀末から一〇世紀の地震・噴火
Ⅳ神話時代、紀元前後の地震・噴火
おわりに

最後の「神話時代、紀元前後の地震・噴火」については、紀元前後の大地動乱を説明し、先日発表した「石母田正の英雄時代論と神話論を読む――学史の原点から地震・火山神話をさぐる」(『アリーナ』)の内容を紹介する。

その部分の詳細レジュメは下記。


Ⅳ神話時代、紀元前後の地震・噴火
 文献はないが、地質史料と神話的観念から追跡可能。
 国生の女神イザナミの「国生」=海底火山爆発の象徴
松村武雄(『日本神話の研究』)。
紀元前後の大地動乱
①奥州巨大地震津波
根室・噴火湾から三陸沖、気仙沼の津波痕跡
松本秀明「仙台平野に来襲した三回の巨大津波」(『季刊東北学』28号。2011年夏)
②南海トラフ巨大地震・津波
 高知から三重に巨大な津波痕跡
③紀元前後以降の冨士噴火歴
①BC50年頃。南東山腹から二ツ塚スコリアが噴出しスコリア丘を形成。
②AD50年頃。御殿場口登山道沿いの標高3,600~3,100mで割れ目噴火。東山腹に雄鹿溶岩流を流下
③AD150年頃。東山麓から須走口馬返1スコリアが噴出。
④AD350年頃に須走口馬返2スコリアが噴出。同じ頃、東山腹から幻の滝溶岩流が流出
「冨士火山東斜面における最新期火山噴出物の層序」(山元孝広ほか。『地質調査研究報告』62巻11/12号、二〇一一年)
高皇産霊は火山神・雷神
 倭国神話の至高神。アマテラスではなく、タカミムスヒ
天孫降臨神話の主神
 天津日子番能邇邇藝命に詔りて、①天の石位を離ち、②天の八重のたな雲を押し分けて、③いつのちわきちわきて、④天の浮橋に、⑤うきじまりそりたたして、竺紫の日向の高千穗のクジフル岳)に天降り坐しき(『古事記』天孫降臨条)
①天の巨大な磐座が墜落してくる
②棚のように垂直に聳える雲を押し分けて
③「稜威之道別道別而」=厳しい威力をもった道が分岐し、さらに分岐して稲妻のように
④天にかかる岩梯子(松村武雄『日本神話の研究』)
⑤浮き縮み、反り返り、立たり。火砕流、溶岩流の様子
⑥稲穂を投げ散らす
史料には白い火山灰を「雨米」「米花」
⑦真床追衾=繊維状の火山噴出物(ペレーの毛など)
史料ーー馬の鬣毛、綿のごとき物、
タカミムスヒの神名の意味
「ムスビ」=「生成する」力をもった「産霊神」(本居宣長)。「結び」の神(折口信夫)
ムスヒ、「ヒ」は火と日。ムスは、蒸、「熱」。
タカミムスヒ=高所に坐す熱と光の神=雷神
落雷樹=霹靂樹に宿る(写真は生駒神社の霹靂樹)

タカミムスヒ=「天地鎔造の神」(『日本書紀』顕宗紀)
  「鎔<いがた>、鋳鉄の形なり」by和名抄
天地を鋳型に入れるように鋳造・冶鋳。
巨大な火を使う神
素戔嗚尊・大国主=地震・火山神
根の堅すの国、地下の鍛冶国
「鍛す」=動詞。『古事記』にのみ出る言葉。
鍛冶。「鍛地」=埴輪を焼き堅める場(『日本書紀』)
「根国・底国は无間の大火の底なり」(『中臣祓訓解』鎌倉時代初期の神道書)
その王、素戔嗚尊
海神スサノヲが怒って天に上る時に「山川ことごとく動み、国土みな震りぬ」(『古事記』。
地震を引き起こす宝、「天の沼琴」をもつ
その跡継ぎ、大地貴(オオナムチ)
大国主命の初名。オオナムチ。「ナ」は、「ウブスナ(産土)」の「土」(な)。ムチは「貴」の意味。大地の尊貴な霊
地底を訪問し、そこでスサノヲの娘と仲良くなり、二人で「天の沼琴」を盗んで逃げ出す。その琴が「樹に払れて地動鳴みき(とよみき)」。地震を引き起こす琴
オオナムチとスセリ姫は、地上に逃げ出て、黄泉比良坂を下る。
スサノヲは、火山噴火口から地上に逃げだしたオオナムチに対して、「おまえは宝物を使って地上の王者となれ。そして、大国主命と名乗れ」と叫んだ。
「大国主」、大地の神が国王となった

 

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