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2015年12月21日 (月)

歴史学における歴史理論。『日本史学』(人文書院)の終章序

以下は、『日本史学』(人文書院)の終章。「研究基礎ー歴史理論」の導入部です。

 これまでの「読書の初め」「史料の読み方」「学際からの接近」「研究書の世界」とは違って、ここで研究基礎というのは研究を行うための入口や方法よりも、その基礎の基礎、足場のようなもので、ようするに理論のことをいう。

 理論は骨組みだから、小難しいのは勘弁してもらうほかない。しかし、理論の根拠は「心」だ。そういうと変に感じるかもしれないが、研究というのは研究者の側からいえば、「心」に根拠がある。そして「理をもって論ずる」のは「心」である。だから、これは研究者個々人の心の奥底にどういう足場が組み立てられているかという問題でもあって、その意味では経験によって、また個々人によって違う。私の場合は世代的にいって、どうしても「戦後派歴史学」の理論ということになる。

 「戦後」というのは第二次世界大戦後という意味だから、古すぎることのように感じられるかも知れない。しかし、たとえば野間宏・堀田善衛などの「戦後派文学」は、その世界のなかに入っていけば、決して古いというだけでは片づけられないと思う。それと同じことである。ここでは代表として石母田正・峰岸純夫・佐々木潤之介・遠山茂樹の四氏の本を選んだが、私は、ここを足場として仕事をしてきた。

 もちろん、研究は、もう「戦後派歴史学」では間に合わないところにまで進んできた。とくに歴史学は「日本史」という枠組みのなかに自足してはいられない。つまり「琉球史」と「アイヌ史」の問題であり、そこではまったく異なる史料の扱い方と仕事のやり方が必要になっている。これから歴史学に進む人は、最初からこの足場も確保しておかねばならない。ここでは「戦後派歴史学」は無力である。


 「歴史理論の根拠は心だ」というのは、この文章を書いていて自然に気持ちに浮かんできた言葉で、書いてみれば、たしかにその通りだと思う。
 今日はコンピュータの不調・事故など、参ったことがあって、益田勝美『記紀歌謡』を読むほか仕事ができなかったが、心が折れては仕事ができない。心を取り戻すのは、やはり理論であると思う。
 益田勝美『記紀歌謡』はやはりすごい本だと思う。「古代」を対象とする歴史学が学ぶべきほとんど唯一といって良いほど屹立した仕事である。 ここにはともかくも筋道を通そうという強靱な思索がある。そこに立ち戻るほかない。そういうものが体系としての理論なのであろうと思う。体系というと、なにか自己から離れた物のように思うが、しかし、そうではなく、思考の筋であり、樹木のようなものだ。根っこであり、幹であり、そこから枝に通っていく樹液のようなものである。

 それは「歴史学の方法」といわれているものとは違うものなのである。方法は駆使するものだが、理論は私たちを呼び出し、励ますものでなければならない。
 
 これで今年の主要な仕事の一つであった『日本史学』(人文書院)の各章の序の紹介は終わり。ただ、そこで言い残したことがある。それは、歴史学は「心」の勝負ではあるが、もう一つは体力だということ。体力勝負の部分が残るということである。どのような仕事でも同じでであろうが、それは心と結びついた身体の能力である。戦後派歴史学の先輩たちの闊達な身体と強靱さのことを思う。

 

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