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2016年1月17日 (日)

甲野・松村『筋肉よりも骨を使え』と片山『骨考古学と身体史観』

 『筋肉よりも骨を使え』(『ディスカバー携書』)という甲野善紀・松村卓両氏の対談本を読む。面白かった。甲野氏の武術のことは内田樹氏のブログで知ったが、この本はスポーツトレーナーの松村氏のいう「骨」的内観というのが面白かった。

 「身体」というのは本来「身體」であって、骨というものの認識が中心なのだというのが面白い。私なりに要約すれば、身体は筋肉で動かすのではなく、骨が動くのだ。それが内観できるかどうかが身体の動かし方という意味での「道」にとって決定的な意味をもつというのである。

 韓国と日本の文明形成期の共通性でもっとも重要なものが「骨」だというのが、大学院時代に、先輩の木村誠氏の新羅の「骨品制」(こっぴんせい)についての報告を聞いて以来、考えてきたこと。

 新羅の王権は「貴骨」といって、高い身分的地位は「骨」の身分的ランクで表現される。「骨品」=コッピンの「品」が、いわゆる「品がいい」という意味での「品」の原点にある。そして、日本の身分制は、「カバネ」制というが、カバネとは「尸」(シカバネ)に通ずる言葉で、ようするに「骨」のことである。日本でもっとも最初の身分制が「ウジカバネ」制といわれるのは、韓半島と共通する身分観念、身体観念である。

 これは「人間の評価は棺を覆いて定まる」というが、紀元前後以降の葬送では、身体は風葬・鳥葬の下にあり、棺に入って白骨化してから定まるというような側面もあったかもしれない。葬送というのはサル類のなかでも人間に独自なものであるというが、これは生きていた人間の骨をみることで、人間の体内組織を知る。その経験に生と死の連続を見るというような情緒的認識が、人間にとって決定的な経験となったのではないかと思う。これについてはしばしば遺体を飾るということが強調されるが、むしろ骨を認識するというのが重大だったのではないかと思う。人類学によると、マダかスカルからインドネシアまでの葬送儀礼の中心には骨の儀礼があったという。

 カバネ=「骨」をみて、立派な骨だといって人を偲ぶ感覚とでもいうべきか。文明形成期の身分制に伏在する身体意識はこれかもしれないと思う。昔の人には、骨を動かしているという身体技術の内観が一般的にあって、その上に、この種の骨的身分制が存在しているのではないかと思う。これは骨を意識する武術家やスポーツトレーナーの知識と感覚を前提に考えるべきことがあるのかもしれない。

 日本考古学は「墓」を中心にした学問であるが、片山一道『骨考古学と身体史観』(敬文舎)を読むと、最近ではむしろ「骨」を文理融合的に問題とする学問になっているように思う。

 私は最近書いた「石母田正の英雄時代論と神話論を読む――学史の原点から地震・火山神話をさぐる」(『アリーナ』)で、「姓」=「カバネ」=「骨」の身分制は、前方後円墳によって表示されたと論じた。前方後円墳の身分的実態は、そこに収められた骨に対する意識にあると考えるべき幾つかの証拠があるからである。これはすでに柳田国男がいっていることであり、西嶋定生氏も似たことをいっているのであるが、長く無視されてきた観点である。
 全部は、引用できないので、一部を、以下に引用しておく。


 骨カルトの存在を示唆する史料はほかにもある。たとえば、『播磨国風土記』には別嬢が城宮で死去したのち、河を隔てて「日岡」という場所に墓を作ったとある。ところが「その尸を挙げて印南川を度るとき、大き飄、川下より来て、その尸を川中に纏きいれき」という。これは神が骨を動かすという奇跡を語るのであろう。また、飄が尸を運ぶ話しは『日本書紀』天和歌彦にもある。旋風が尸を巻き上げて天に運ぶというのは、死者の魂魄が骨となって昇天する幻想を示すのであろう。

 また同じような話は、ヤマトタケルの神話のなかにも知ることができる。つまり、伊吹山で負傷したヤマトタケルは伊勢国能褒野で死去し、そこに陵墓を作って埋葬された。しかし、ヤマトタケルの魂魄は、そこから白鳥となって飛び立ち、大和・河内に舞い降りたため、そこにまた陵墓を作ったが、白鳥はそこにもとどまらずに天に去った。これがヤマトタケルが三つの白鳥陵をもつ由来であるが、人々が最初の能褒野陵のヒツギを開いたところ、そこには衣のみがあって「屍骨」は存在しなかったという。つまり屍骨は白鳥になって飛び立ったという訳である。おそらく要点は、そこに腐敗にまかされる遺体はなかったということなのであろうが、白骨化は霊魂の解放と精霊化の前提であると考えられていたのであろう。

 八世紀後半の骨壺に人間の骨とともに白鳥の翼の指骨が入っているのが発見されたことがあるが(佐倉市の高岡新山遺跡出土、二〇一一年二月一八日朝日新聞夕刊「魂をはこぶ白鳥の骨」)、これは骨が白鳥のようになって遊飛するという幻想が奈良時代まで残っていたことを示すのであろう。白鳥の白さは骨の白さに対応しているのではないだろうか。

(6)前方後円墳と「屍=骨=カバネ」身分
 さらに重大であったのは、西嶋が人々の族姓身分を表示する「姓=カバネ」という言葉の原義は、「屍=骨=カバネ」にあったと主張したことである。もちろん、このこと自体は、西嶋も引用している幕末の国学者の著作「大勢三転考」などにも記され、栗田寛「氏族考」、柳田国男「葬送の沿革について」『定本柳田国男集』一五巻、筑摩書房)、中田薫「可婆根(姓)考」などによって繰り返し言及されていたことである。しかし、西嶋が右のような史料にも依拠しつつ問題を古墳論として展開したことは画期的な意味をもっていた。

 西嶋は古墳時代に列島のほとんどにひろがった古墳のネットワークを、いわば「骨」のネットワークであるとみたのである。そこでは「姓=カバネ」が「同族関係の象徴的表現としての骨と同語となっている」ということになる。古墳時代は骨が身分をもつ社会であり、古墳に葬られた大王・王族・首長たちの骨は、彼らの身分を表現する。『日本書紀』持統五年八月条には、諸氏族に「その先祖の墓記」を進上させたとあるから、墓が身分の表現であったことは疑いない。それはヤマト王権の国家的な身分秩序としてのカバネの制度を表現している。そして、全国にたくさんある古墳の墳形や規模は、古墳に内蔵された骨の身分を外に表現したものであって、それは古墳時代の国家と社会の秩序を表現する可能性があるということになる。この西嶋の指摘は、考古学界に大きな影響を及ぼした。

 (中略。しかし西島が石母田の批判をうけてカバネ論を撤回したために、それは不徹底なものに止まった。以下、神話論につながる)。 

 『新撰姓氏録』の序文は「ウジカバネ」を「氏骨」と表記しているというのは早くから指摘されていることであるが、それに対応する大量の氏族神話が存在したはずであろう。たとえば、倭国神話の最高神であるタカミムスヒは大国主命の国造りを助けるためにやってきた少彦名命について、「この子は少し憎らしい感じのこどもで、いうことをきかず暴れて、私の指の間から地上に落ちていってしまった子だ」といったという。興味深いのは、その時、「わが産みし児、すべて一千五百座あり」といったということで、ようするに、倭国のほとんどの神が、天神も地神もすべてタカミムスヒの子どもだったというのである(『日本書紀』(神代第八段一書第六)。全国で五〇〇〇を越えるといわれる前方後円(方)墳を考える場合、このタカミムスヒの神統譜を前提としておくことは許されるではないだろうか。さきにふれた彦狭島王の事例が示すように、神聖視された骨を記念する墳墓は、その被葬者が神統譜に参加していることの物的な証拠となったのであろう。

 以下、追加。昨日は新橋演舞場で歌舞伎をみた。海老蔵はすばらしい。「中世」という専門家意識があって、能・狂言はみていたが、歌舞伎には長くご無沙汰であった。
 そこで次のようなことを考えた。
 「日本的なものとは何か」といわれると日本を研究しているものは、若干の専門家意識をまじえて、「そういう固定的なものはない」と最初に反応するだろう。それは「女性的なものとは何か」といわれて、フェミニストが「そういう固定的なものはない」と反応するのと同じことである。そして、さらに時間があれば、それらは経過的・一時的・歴史的なものであって、人類史のなかではある種の平準化の道にあるのであって、それが固定的な対立でなくなることによって、人間の多様性が全面的に開花するという説明が付け加わるだろう。民族的なものについても、この列島の上で養ってきた特殊な能力や感覚は人類の財産であって、そのようなものとして人間的自然の宝庫のなかに蓄積されていくということになる。これは正論である。
 こういう正論はすでに存在しており、それは否定できない正しさをもっている。ナショナリズムと、インターナショナリズムないし人類史の立場は二律背反ではないということである。
 しかし、歴史家としては、この正論が正論のままでいて実際の説得性をもたないままでいたのではないかと考える。この歌舞伎の、この海老蔵があたえる感動は何なのか、それを十分に繊細な学術と芸術の論理によって解けているのかどうか。そういうことを考えさせられる。それは『筋肉よりも骨を使え』で語られる身体技術の世界を丁寧に説明できる学術的論理を我々がもっていないという自覚に共通する感想である。これは60代も半ばをすぎると、生き方の智恵に関係してくるだけになかなかきつい感想である。
 
 まだまだ議論はあろうが、「民族」なるものを正確に理解できるかどうか、それがヘイトスピーチに現れるような排他的な感情の地盤にならないように豊かに耕すことができるかどうか。今は、もう一度巡ってきた「民族論」の時代であろうと思う。
 

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