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2016年2月25日 (木)

スーパーチューズデイでサンダースはアフリカ系の支持をえるだろう

 アメリカ大統領選挙の民主党予備選が27日のサウスカロライナ、そしていわゆるスーパーチューズデイ、3月1日の民主党の予備選は、アラバマ、アーカンサス、コロラド、ジョージア、マサチューセッツ、ミネソタ、オクラホマ、テネシー、テキサス、ヴァーモント、ヴァージニアで行われる。

 南部のアフリカンの人口の多い、サウスカロライナ、ジョージア、テネシーの結果がどうなるかは、今後の民主党予備選の行方を確実に占うものとなる。サンダースはアイオワで存在感を発揮し、ニューハンプシャーで勝利し、ネバダでもタイに近いところまでクリントンを追い上げた。

 サンダースに対するアフリカ系アメリカンの支持はネバダでは多くはなかったが、これは、今後、変化していく可能性が高いと、私は思う。アメリカ全体での、アフリカ系アメリカンの人口比率は10%をきるところだろうか。最近では、ヒスパニックの人口がむしろ増えているという。しかし、この10%の影響が大きいのは、オバマの選出過程で明らかであった。

 先日、このブログで、サンダースのユダヤ系の出自が移民国家アメリカのなかでどういう意味をもつかについて考えてみたが、アフリカ系アメリカンの側から問題を考えてみる。そのためには起点をやはり公民権運動におかなければならない。マーチン・ルーサー・キングJr.牧師の時代である。

 キング牧師が中心になった公民権運動は1955年のローザ・パークス逮捕事件への関わりが出発点であった。これは私たちの世代だとよく知られている、アラバマ州モンゴメリーで、ブラックのローザ・パークスがバス内で白人に席を譲ることを拒否し、逮捕されたという事件である。その地の牧師であったキングはこの事件に激しく抗議し、バス・ボイコットの運動を開始した。

 2004年に行われた全米の高校生の歴史意識調査(スタンフォード大、メリーランド大)では、(大統領を除いて)アメリカでもっとも有名な人物は?という質問に対して、67%がキング牧師、次の60%がローザ・パークスとなっている。オバマは、このような意識状況を条件として登場したのであって、これは、公民権運動がアメリカ社会に完全に受け入れられたことを示している。

 ただ、問題は、アフリカンに対する実質的な差別は明瞭に残っていることである。私は、アメリカには、一度、ボストンにいっただけだが、ホテルの受付や実務にいる人が、朝と夜で違う。朝・昼はホワイトで、夜はブラック。仕事の種類で肌の色が違う。ようするに職位が身体で左右されている。身分そのものである。それは我々がアメリカにいってもっとも感じる点の一つであろう。「公民権」というレヴェルでの変化は大きかったが、基本的な生活条件の相違にかかわる人種的差別は変わっていないところがある。

 藤永康政「黒人政治の黄昏ーーバラク・オバマの時代と公民権運動の選択的記憶」(『歴史学研究』907号。2013年7月)によれば、2008年でさえ、オバマに投票した白人、とくに白人男性は46%に止まる。2013年のギャラップ調査でもオバマ政権に対する黒人の支持率が89%であるのに対して白人のそれは35%に過ぎない。黒人差別が「大いに(a lot)ある」という世論はアフリカ系では50%近くあるが、白人は10%にすぎない。「公民権」の形式的平等を実現した後、実質的な平等を主張する動きは方向を失っているのである。アフリカ系の人びと自身のなかに、自身の状況が改善されていない理由は人種主義にあるのか、自己責任かという問いに対して、意見がなかばするという状況さえ生まれているという(世論調査機関ビュー・リサーチ・センターの調査結果)。

 しかし、この状況は2011年に始まったウォール街占拠運動、オキュパイ運動(Occupy Wall Street)以降の状況のなかで、変化をみせている。このオキュパイ運動は、水面下に潜ったように感じられていたが、サンダースの選挙運動のなかで完全に復活し、争点化した。「There is something profoundly wrong when the top one-tenth of one percent owns almost as much wealth as the bottom 90 percent」(トップの1%のさらに10分の一が、ほとんど90%の人びとのもっている富と同じほどに富を所有しているというのは、どこか根本的に間違っている)」という「富の格差」の不道徳性というサンダースの訴えは、人種をこえて強い力を発揮している。

 全般的な貧困化と格差ということは、富の分配の問題であるが、しかし、それは社会の構造の問題として提出されており、しかもそのなかで人種差別が頻繁に問題にされている。たとえばサンダースのツイッターには「We live in the world's richest nation and yet 37 percent of African American kids and 47 percent of Native American kids live in poverty」(我々は世界でも最も豊かな国に住んでいるのに、アフリカ系アメリカ人の子供の 37%、ネイティブ ・ アメリカンの子供たちの 47%がひどい貧困のなかで生きている)などという言及が頻出する。

 このような人種差別を批判する声が広く語られるのはアメリカ社会で久しぶりのことであり、これはアフリカ系の人びとのなかに時間がたてばたつほど浸透していくだろう。

 そもそも、右の藤永の論文がいうように、牧師マーチン・ルーサー・キングJr.は、暗殺される前に、公民権運動の枠を越えて、「dispossessed(所有せざる人々、もたざるもの)」たちを人種をこえて糾合する「貧しき人々のキャンペーン」に踏み出していた。それは同時に、当時、アメリカが行っていた「汚い戦争」、ベトナム戦争に対する反戦運動にも展開し、明瞭な政府批判の運動に展開していたのであって、キングは、ここに踏み出たからこそ、1968年に暗殺されたのである。

 これまで、公民権運動の意義が社会的に承認されるなかで、逆に、最晩年のキング牧師の動きは記憶の下層に潜められていた。端的にいえば、アメリカ社会はキング牧師が暗殺された歴史の現実の一部を選択して記憶の表面に押し立てて、キング牧師が暗殺された理由と現実にヴェールをかぶせていたということになる。

 これから6月まで続く民主党の予備選挙のなかで、その記憶が呼び出されることになるのはおそらく必然である。キング牧師はジョージア州アトランタで生まれており、ローザ・パークス逮捕事件のおきたアラバマ州モンゴメリーの教会の牧師であった。

 3月1日のスーパーチューズデイには、キングの生地ジョージアと、ローザ・パークス逮捕事件の現場、アラバマが舞台となる。もちろん、キング牧師はアメリカでは第一級の人物であり、宗教的にも偉人として尊敬されている人であるから、そこで呼び出されるキング牧師の記憶は決して単純に対抗的で荒々しいものにはならないだろう。

 そこで直接に呼び出されるキング牧師の記憶は、おそらく1963年のワシントン行進におけるリンカーン記念堂の前の集会で、キング牧師が行った有名な“I Have a Dream”という演説、人種間の協和をうったえる演説にそくしたものになるだろう。アメリカでは、このワシントン集会にサンダースが活発な活動家として参加していたことは多くの人が知るようになっている。サンダースのキャンペーンページに「August 1963. An organizer for the Student Nonviolent Coordinating Committee, Sanders takes an overnight bus with fellow activists for his first-ever trip to Washington, D.C. He hears Martin Luther King Jr.’s historic “I Have a Dream” speech firsthand at the March on Washington for Jobs and Freedom.」(1963年8月。学生非暴力調整委員会の組織者として、サンダースはシカゴから夜行バスを仕立てて仲間の活動家とともにはじめてワシントンD・Cに行き、マーチン・ルーサー・キングJr.の歴史的な“I Have a Dream”という演説を聞いた)とある通りである。

 公民権運動も、ベトナム反戦運動も、実際には激しい運動であったが、歴史は、すでにその正統性を確認しており、それによってさらに受け入れやすいものとなっているといってよい。これはサンダースにとって有利なことであろうと思う。

 もちろん、事態がどう展開するかはわからない。アメリカは巨大な帝国であって、一押しでかわるものではない。とくに繰り返しているように、サンダースが、外交政策の上で、どのような方向をだしていくかは、まだまださまざまな問題を含んでいる。しかし、歴史家としては、アメリカの人びとが第二次大戦後、60年代の歴史を、いま実感をもって振り返る機会をもてていることをうらやましいと思う。

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