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2016年3月10日 (木)

アメリカ二大政党制の崩壊と人種問題ーーサンダース、ミシガンの勝利とミシシッピの敗北

 サンダースの動きは、アメリカの二大政党制をくずす結果をもたらすだろう。具体的にどういう形になるかはまだわからないが、サンダース支持の運動は拡大の一途をたどっている。民主党本流に対する強い不満がサンダースの動きのバネになっているから、これが民主党とは区別された勢力を構成することになる可能性は高い。とくにもし、クリントンが州レヴェルではサンダースに競り負け、スーパーデレゲートの数によってどうにか民主党大統領候補となるというような状況が起こると、状況は一挙に流動化するだろう。

 いずれにせよ、来年の今頃には、その方向は明らかになっているだろうが、第二次世界大戦後の世界の政治史は、アメリカの二大政党制の奇妙な安定によって支えられていた。これが崩れることは、必然的に世界の状況の、これまでとは異なる流動化をもたらすことになる。

 ただ、アメリカの二大政党制は興味深いものだと思う。私は日本前近代史の研究者なので、アメリカ史は若い頃を除いてほとんど読んだことはないが、はじめて実感的にわかったことが多い。

 ともかく、二大政党制の下で行われる。アメリカの大統領選挙は「みもの」である。これは討論によって支持が大きく動くというディスカッション文化、ディベート文化が面白いのだと思う。追っかけていると、アメリカの二大政党制は、ともかくディベート文化にのったもので、それなりの機能はするのだというのがよく分かる。各候補の予備選を行い、それにつづけて本選が行われるという、実際上は1年以上かかる長期戦になるというのが、アメリカ的二大政党制の特徴である。

 二大政党制をくずす役割をおったサンダースが、この二大政党制のアメリカ的な特徴を利して闘っているというのが逆説的なところである。サンダースの行動原理は、きわめて明解で強固だから、別に討論がうまいだとか、派手だとかということではないが、信頼を呼ぶところがある。8日のミシガンでもディベートでは肝心なところでクリントンに差をつけたようだ。ただ、サンダースは喉を手術したことがある。完治したらしいが、ミシガン勝利をうけた電話インタビユーを聞いていると相当に声がしゃがれている。長丁場になることが確実になった今、これが心配である。

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 ミシガンの民主党予備選の結果は、直前の世論調査でも30%近く、サンダースは差をつけられているということだった。昨年の段階ではクリントン60、サンダース30。直前でもNBCが57対40、FOXが61対34など、右の図表に明らかなように相当の開きであった。新聞やテレビの予想でもサンダース不利がもっぱらであった。

 しかし、ミシガンではサンダースが勝利した。東京新聞の見出しでも「サンダース氏 重要州で金星」がトップである。

 実際の得票率は、クリントン48、2%、サンダース49、9%。そして獲得代議員数ではサンダース65に対して、クリントンは58。勝利確定直後のサンダースのツイッタが「企業メディアは私たちを場外と扱いました。世論調査は、私たちはずっと後ろだといったのです。しかし、勝ったのは私たちです。Thank you,ミシガン。The corporate media counted us out. The pollsters said we were way behind. But we won. Thank you, Michigan)」といった通りである。

 マイケル・ムーアは、開票が92%の段階で「30000票サンダースが先行している。うその物語を押しつけてきた人たちは、今、話の紡ぎ方をかえつつある。企業メディアの世論調査は意図的なものだ」といい、「新聞・ テレビのエディターとプロデューサーは、作ってしまった間違った物語をどうしようと考えて必死だ。評論家と企業ジャーナリズムはエスタブリッシュメントのために動いている」という意見が目立った。世論調査の信頼性が問われるというのはジャーナリズムという職業にとっては決定的なことだから、この批判は意味が大きい。

 サンダースにとっては、これは相当に大きい勝利である。州の数では9対10と、あと一つまで追いついた。本選挙もふくめて州の位置が大きいのもアメリカの大統領選挙の特徴で、これは影響を広げるだろう。来週の3月15日のフロリダ(代議員214人選出)、オハイオ(143)、ノースカロライナ(107)、イリノイ(156)、ミズーリ(71)の結果によっては、たしかにこれがターニングポイントになるかもしれない。オハイオ、イリノイはミシガンと同じ投票行動になる可能性が高い。

 ミシガンの具体的な状況では、アラブ系への人びとのなかで、サンダースが意外な強さを示したのが注目される。サンダースのユダヤの出自は大統領選挙にふかく関わってくる。アメリカでたくさんできているツイッターグループに「Jew for Sanders」(サンダースのためのユダヤ)というグループがあって驚いたが、アラブ系の人にとっては、これはすぐにイスラエル・パレスティナ問題を想起させる。

 しかし、サンダースはミシガンのディアボーン、アラブ人イスラム教徒がもっとも集住している都市で、60%強の支持をえて、これが勝利の一要因となったという。サンダースに対するアフリカ系アメリカ人から支持率は逆に30%であったから、これは特記される(なお、アフリカ系アメリカ人から支持も南部と比べれば10%ほど高い)。

 昨年10月、ヴァージニアのフェアファックスで開かれた学生集会で、サンダースはムスリムの女性学生からがアメリカに広がる「イスラムフォビア(イスラム嫌悪)」についてどう考えるかと質問を受けた。サンダースは、会場から彼女を演壇に呼び上げて、握手し、彼女と並んで、ムスリムに対する偏見とは徹底的に闘う。人種的差別は許されない。私の父の家族はドイツの強制収容所で殺された」と発言した。会場中が総立ちになって歓声をあげている。そして一二月にはワシントンDCのモスクで開かれたラウンドテーブルに出席して、イスラムフォビアをあおるトランプを代表とする共和党の一部を批判している。

 ディアボーンでも、選挙の前週にムスリムとの懇談をもち、出席者は「我々のコミュニティでは、クリントンがイスラエル問題になると極右の主張をすること、彼女の献金者にハイム・サバンがいること(イスラエル擁護勢力の中心、FOX会長)をよく知っている。バーニーはまったく違う。彼にパレスティナ・イスラエル問題についての意見をたずねたが、彼は他の政治家とは異なって両方を対等のものとしてみると明言した。彼の主張はアラブ系アメリカンのコミュニティに浸透している」と述べている(以上、(theintercept.com、"Bernie Sanders Won America’s Largest Arab Community by Being Open to Them")

 サンダースはイスラエルとパレスティナの対等性(いわゆる二国家解決案)は主張するものの、(私がみた限りでは)イスラエルの国際法的な不法を述べようとしていない。これは気になる問題であり、実際に、「左翼」の運動家からは批判を呼んでいる。しかし、ディアボーンの人々は別の反応をしたことになる。これは大きいだろう。

 しかし、最大の問題はアフリカ系の人々とサンダースの関係であろう。

 ミシガンと同日に行われたミシシッピの民主党予備選では、クリントンが82%で、獲得代議員数29、サンダースが16%で獲得代議員数4という結果であった。南部でのクリントンの強さは続いている。これは3月5日のルイジアナのクリントンが71%で、獲得代議員数37、サンダースが23%で獲得代議員数14よりも悪い。獲得代議員数ではクリントンとの間で、また差が開いたのである。

 私は、サンダースが相当の勢力であることを明瞭に示したスーパーチューズデイの後にも、これだけの差が続くとは予想していなかった。アメリカにおける地域間の経済状況、意識状況の相違、そして人種問題、「初の女性大統領を」というクリントンのスローガンにからむ女性の地位の問題の複合した状況は、相当のものであることを再認識した。

 私は、ここで示されたクリントンに対するアフリカ系アメリカンの支持は安定的なものとは考えない。私はアメリカの二大政党制というものは、基本的にはヨーロッパを故国とする人びとが、他の地域を新旧の故郷とする人びとに優越するという体制であったと思う。この二大政党制が、冒頭に述べたように崩壊していくのが政治史の方向であるとすれば、クリントンとアフリカ系アメリカンの関係が安定的なものとは考えられないのである。
 しかし、今回の大統領選の行方は、「南部に強いクリントン」に直接に左右される。ミシガンでのサンダースの勝利の一つの条件として、アフリカ系アメリカ人からの支持がともかく3割に達した(出口調査)ことがあることからもそれは明らかであろう。しかし、ミシガンでそうであったからといって南部で30%に行くのはむずかしいようである。

 アメリカ大統領選と人種・エスニックグループの関係の問題は複雑である。

 しばらく前のエントリー「B・サンダースがアフリカ系の支持を集める条件」で書いたように、サンダースがユダヤ系のニューヨーカーであることはアフリカ系の人々にとって一定の違和感があるらしい。「ユダヤ系の知識人とアフリカ系アメリカンの政治的融合と連携が、どこまで深いところで可能かという問題は単純な問題ではない。これはアメリカの政治、さらには文化それ自体において大きな試金石である。サンダースはユダヤ系のニューヨーカーである。ユダヤ系の知識人とアフリカ系アメリカンの政治的融合と連携が、どこまで深いところで可能かという問題は、アメリカの政治、さらには文化それ自体において大きな試金石であると思う。サンダースの若い時期は、マーチン・ルーサー・キング牧師の公民権運動への参加から始まった。その歩みが政治的な果実をもたらすことを期待し、それがアメリカにおいて歴史的な必然であるのは明らかだと思う。しかし、それが、どのようなテンポで進むかが問題である」ということになる。

 ルイジアナからミシシッピへの経過は、そのテンポは遅いということが明らかにした。キング牧師と一緒に行動したというだけでは、南部のアフリカ系アメリカンに強いインパクトがあるという訳ではないらしい。

 時代は変わっているから、過去の世代のもっているキング牧師への感じ方を前提にして問題を考えることはできないのは明らかである。この国にいると日常感覚ではわからない問題だが、これは結局、アメリカのような移民国家、民族複合国家というものをどう考えるかという基礎の基礎から捉え返さねばならないのだろう。

 私は『黄金国家』という自著で、5世紀から8世紀に日本列島の上に存在していた国家が「民族複合性」をもっていると論じたことがある。そこに戻って国家と民族・エスニックグループについて、もう一度考えてみたいと思う。

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