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2016年3月 3日 (木)

サンダースはまだ勝利の可能性も。

 スーパーチューズデイの結果は下記の表の通り(washingtonpost.comのThe race to the Democratic nomination のデータから作成した)。全体としてクリントンは1052、サンダースは427と半分の開きがあるが、実はクリントン支持の代議員のうち特別代議員(党員大会で選出されないインナーメンバー。Unpledged delegates。誓約していない自由判断権をもつ代議員)が457人であるから、党員大会レヴェルでいえば、595対405(特別代議員22を除く)という数値で、まだ引き離されては居ない。サンダースは健闘した。
Supatuesdai

 世論調査の示すサンダースの全国的支持率はクリントンと並んでおり、それは維持されるだろう。もちろん、獲得した代議員の数は(スーパーデレゲート問題もいれて)少ないが、しかし、マサチューセッツで投票率でタイにもっていったのは大きい。私には確定できない情報だがビル・クリントン自身がマサチューセッツで投票妨害に似た行為をしたというが、クリントン側も実は必死だろう。

 マサチューセッツで勝っていれば、州の数ではタイに近くなったことになる。アメリカは合衆国という性格を維持しており、州の数のもつ政治的な意味は大きい。これはサンダースが大統領選挙という政治的局面で完全に生き残ったことを示している。


 サンダースの大統領を目指した全国的運動は、昨年初夏に始まったものに過ぎない。それがここまで来たことについて、クリントン政権の下で労働省の長官(1993 to 1997)をつとめたロバート・ライヒが次のように述べている(Democracy Now,2016,3,1。ロバート・ライヒは、現在、カリフォルニアのバークレーの教授)。

 「私はクリントンの政府の中にいた。キャビネットの中にいたが、ワシントンの外側にいる人こそが、変革をおこし、動員し、組織し、エネルギーを発揮することができる。内側は特別な利益に支配されていて、そこでは何も起こらない」「議会を抜本的に変革しなければならない、アメリカの権力構造を根本的に変化させなければならない。サンダースはその運動を始めた」「彼は、自分をこの運動に乗っかっているに過ぎないことを自覚している。このキャンペーンはサンダースのものでも、サンダースのためのものでもない。アメリカの寡頭制による政治の金権支配を破るための運動であって、まだどうなるかは分からないが、民主党大会は、この反エスタブリッシュメントの運動に巻き込まれるだろう」「未来にとっての意味は大きい。多くのアメリカ人が、政治的なエスタブリッシュメントが駄目になっているといっているのだ」。

 ロバート・ライヒがサンダース支持の立場を明らかにしたことは驚きを呼んだというが、私は彼が、ようするに「ともかく運動が始まった。ここに賭けるほかない」といったことの意味は大きいと思う。

 重要なのは、サンダースの支持の動きは、民主党の内側のみでなく、外側に大きな支持基盤があることで、スーパーチューズデイの結果は、この運動基盤が相当の分厚さをもち、今後も確実に継続することを示した。これはサンダースにとっては段階を画する勝利である。サンダース陣営はトランプに勝てる候補はサンダースだという主張を繰り返しているが、そこには相当の説得力がある。これがアメリカの現代政治史においてきわめて大きな変化であることは否定できない。

 いわば、これで蓋が取れたのだろう。もちろん、民主党内ではまだ蓋が残っている。それはスーパーデレゲートの存在であって、ライヒも「彼らはインサイダーの人間であって、彼らがいるということ自体が、民主党が時代の変化がわかっていない証拠だ」と強調している。

 民主党が党員集会における得票数に比例して代議員数をわりあてるようになったのは、J・ジャクソンの要求によったものである。そのとき、ジャクソンはスーパーデレゲーツの人数を減らすことをも要求したが、それは部分的にしか実現しなかった。現在のところ、クリントンのスーパーデレゲーツは453人(全体の代議員数の一割、過半数の五分の一を越える)、サンダースは、22人であるという。いま、この蓋の存在が問題になっている。

 この蓋を維持したまま、民主党が進むと、これは長く続いたアメリカの民主党・共和党の二大政党制それ自体に明瞭な亀裂が生ずることになるだろう。サンダースの動き自体が状況によっては、第三党の形成に進む可能性も高い。サンダースの主張はそもそも民主党の枠内には収まらないのである。

 問題は、いくつかに絞られていくが、もっとも重大なのは、アメリカにおける人種問題をどう考えるかである。南部、テキサス、ジョージア、サウスカロライナでのアフリカ系アメリカンのサンダースに対する支持は期待ほど伸びなかった。ここがどうなるかが決定的である。

 これはまずはアメリカ南部のアフリカ系アメリカンの人びとの意識と生活の現状から
考えて行かねばならないが、それは次ぎにゆずって、ここではアメリカの対外政策との関係で考えてみたいと思う。

 というのは、これもDemocracy Nowで聞いた公民権運動の活動家、ブラックコミュニティの組織者、ケビン・アレクサンダー・グレイの発言が印象的であったからである。彼はジェシー・ジャクソンのそばにいた活動家で、アミー・グッドマンのインタビューに対して、「サンダースはキング牧師と一緒に歩いたことを強調するが、ブラックのコミュニティに入ってきていない。そもそもキングは人類の普遍的な価値についての発言をベースに行動しているのに、サンダースはそうでない。サンダースのパレスティナへの立場も不明瞭だ」という。

 このDemocracy Nowのインタビュー記事の題は「バーニー・サンダースは北部白人のリベラルくさい選挙運動をサウスカロライナでやっているのか?」というもので、グレイはようするに、サンダースはアメリカの白人の知識人リベラルの運動の枠内にあって信頼できないというのである。サンダースがブラックのコミュニティに入ってきていないということをふくめて、そこには十分な理由があるに相違ないが、しかし、グレイのいうのは、端的にいえば、サンダースがキング牧師のI have a dreamの演説の場に自分が参加していたと宣伝するのを聞くのは愉快でないというのである。

 私は、サンダースとアフリカ系アメリカンの公民権運動の指導者が一緒に進んでいってほしいと思う。公民権運動が、マーチン・ルーサー・キング牧師と非暴力学生調整委員会(SNCC)を中心にして進んだことを前提として、その歩みが政治的な果実をもたらすことを期待したいと思う。

 しかし、これは難しい問題である。しばらく前のエントリー「B・サンダースがアフリカ系の支持を集める条件」で書いたように、サンダースはユダヤ系のニューヨーカーである。ユダヤ系の知識人とアフリカ系アメリカンの政治的融合と連携が、どこまで深いところで可能かという問題は単純な問題ではない。これはアメリカの政治、さらには文化それ自体において大きな試金石である。

 私は、サンダースより少し下の世代だが、それを考えるときに想起するのは、公民権運動の時期のブラックパワーの運動、典型的にはブラック・パンサーとマルコムX師の運動のことである。あの時期、キング牧師は大きな尊敬を集めていた。私はキリスト教系の大学にいたので、その雰囲気がよくわかる。

 しかし、キング牧師は、その晩年にはブラックパワーの運動の側からの強い批判を受けていた。ブラックパワーの運動は、端的にいえばアメリカに対する拒否、自己の祖先がアメリカに奴隷として売られてきて、そのシステムに乗ってアメリカが発展してきたこと事態への全面拒否の運動であった。それはアフリカ復帰の運動でもあった。奴隷制と奴隷制からの解放運動の記憶は、まだまだ強くアメリカのなかに生きていたし、人種差別は公然たる事実であった。その中でのブラック・パンサーとマルコムX師の主張には強い説得力があったのを覚えている。

 サンダース、そして彼に象徴される私などと同世代の人びとが、このブラックパワーの問題について、いまどう考えているのかを聞きたいと思う。少なくとも問題は、そこから解きほぐされねばならないと思う。

 端的に言えば、サンダースは、そろそろアメリカという国家が「移民国家」であるという根本問題にふれる形で自己の対外政策を発表しなければならないはずである。

 移民国家アメリカでは人種差別構造とアメリカの対外政策は深く関係しており、サンダースはそこに踏み込まずに説得力を確保できない。

 そして、私見では、その基本は、アフリカがアメリカ合衆国の「古い故国」( Old Homeland)であることをみとめることである。「移民国家」アメリカ合衆国にとっての故国はヨーロッパだけではないということを明瞭に認め、それを基準にしてアフリカとの新しい関係を政策構想として打ち出すことである。

 ヨーロッパは、16世紀以降、アフリカを収奪し、多くの人びとを殺害し、人びとを奴隷にしてアフリカから引き離した。その中心になったのは、海賊・人売りたちだったが、近年の歴史学は、当時のヨーロッパ自体が世界史的に見てもっとも野蛮な帝国であったことを確証する成果をあげてきた。これは大陸に対する犯罪として南アメリカにあおけるスペインの悪魔的所行にならぶものである。このヨーロッパ批判の歴史意識をアメリカ人が常識としてもつことが決定的な意味をもっている。

 それを移民国家アメリカに住む人種のすべてが共有することからアメリカの対外政策は構築される必要がある。ヨーロッパから、アフリカ系アメリカ人を購入した合衆国の建国者たちもほめられたものではない。しかし、すでにアフリカ系アメリカ人にとってアメリカは故国である。アメリカにとって、アフリカ系アメリカ人は歴史によって迎え入れられたもっとも重要で力強い構成員である。その観点から、キング牧師の展開した公民権運動がアメリカの歴史のもっとも誇るべき一章であることを明瞭にすることだ。

 それを正面からみとめ、歴史の負債を歴史の促進要因に転化するほかに道はないということを確認するべき時期だ。ヨーロッパは19世紀以来、第二次大戦後にいたるまでもアフリカで多くの人を殺害し、アフリカの富を奪ってきた。現在のアフリカ諸国がかかえる問題や紛争は、歴史的にみれば、ほとんどすべてが、そのときの大規模な戦争被害と環境破壊に根をひいている。イギリス・オランダ・ベルギー・フランス・ドイツなどの国々とアフリカとの関係は深い闇をかかえており、彼らがアフリカにかかわる際には、必然的にその歴史的責任が問われることになる。もちろん、アメリカもアフリカとの関係でさまざまな問題を抱えているが、しかし、国家としての関わりはヨーロッパほど深く長い闇を抱えているのではない。アメリカは、国内の人種差別を徹底的に解消した上でという留保がつくとしても、アフリカとの関係で、もっとも主要なプレーヤーとして行動する「権利」をもっている。

 その意味で、サンダースは、まずブッシュ政権が開始したアフリカへの軍事的関与(それが現在のアフリカの軍事枠組みの基本をなしている)を徹底的に再検討するところから出発しなければならない。現在のアメリカの政治的・経済的な力の総力をあげて、アフリカの安定と復興に貢献し、アフリカとの経済的・文化的な交流を平和のなかで強化するという政策を明瞭に打ち出すことだ。

 アメリカの世界政策、外交政策の揺れ方の常道からいって、サンダースあるいはその運動を表現する第三政党は、一種の「新しいモンロー主義」、平和のためのアメリカ大陸主義ともいうべきものを打ち出さざるをえないだろうが、その時には、アメリカの「Old Home Land」はヨーロッパだけではないということを宣言することがどうしても必要だろう。

 そして、その際に忘れてはならないのは、ユダヤ系アメリカ人にとっての故国は決してイスラエルではないということをあわせて宣言することだ。これをサンダースができるかどうか。私のような学者(しかも専攻は日本史の奈良・平安時代という学者)には政治の具体的な動きは予測不能であるが、その余裕が、これからの選挙戦のなかでできるかどうかは、ある意味で非常に大事だと思う。

 アメリカはイスラエルよりも多くのユダヤ系の人びとを構成員の一つとする国家である。彼らの故国はヨーロッパ大陸そのものなのであって、ナチス、ヒトラーと、ソビエト全体主義、スターリンが、そのヨーロッパにおけるユダヤ系の住民組織を破壊したのである。

 アメリカのユダヤ人社会がそこを振り返って、イスラエルは決して「Our Old Home Land」ではないということが決定的な意味をもっている。ヨーロッパは、まずパレスティナの人びとの故国であった中東アラブ地域の全域を破壊し、その歴史的しっぺ返しであるかのようにして、第一次大戦、第二次大戦という戦禍のなかに突入していった。おの全体を歴史的に総括するべき時期が来ているのである。

 なおDemocracy Now(http://www.democracynow.org/)は面白い。英語の勉強になる。インタビューの起こしもついている。日本語版もできて、大学生たちが翻訳に参加しているらしい。一見をおすすめします。

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