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2016年3月17日 (木)

長期戦にもつれこんだ大統領選挙予備選とシェールガス問題

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 フロリダ・イリノイ・ミズーリ・ノースカロライナ・オハイオで行われた3月15日、(小)スーパーチューズデイの民主党予備選は、州の数でいえばクリントンが5勝となった。特別代議員(党大会で最終的に態度をきめなくてよい非宣誓代議員)を除く、州選出の代議員数も、さらに100の差が開いて、約300の差になっている。

 ただし、ミズーリが代議員数はともに32で実際上引き分けで、クリントン310,602票、49.6%、サンダース309,071票、49.4%という結果。わずか0,2%差である。イリノイは2%差で代議員数は1人違いという微妙な結果である。3月8日の予備選で、サンダースがミシガンで逆転勝利を収めただけに、サンダースの側としてはもう一歩ということで、残念な結果だったろう。

 3月15日の結果について、サンダーズがアリゾナ・フェニックスで発した声明は「クリントン長官をお祝いする。また私たちのキャンペーンを支持してくれた何百万の全国の有権者、ともにフィラデルフィアの民主党全国大会への道を歩んでいる代議員の方々に感謝を表明する。まだ半分以上の代議員の選出がまっており、数週間、数ヶ月のあいだ私たちが有利な選挙区のカレンダーがひかえているなかで、私たちは確信をもってキャンペーンを続け、指名を獲得するための道を進む」というもの。意気軒昂である。

 実際、これまでの選出代議員は、約1950人。これから約2400人が残っている。そして、今後は「有利な選挙区のカレンダーがひかえている」、つまりサンダース有利の選挙区が多くなる。サンダースへの募金が多い、シアトル、サンフランシスコなどはすべてこれからだ。

 トランプは今後、6割をとれば過半数にいくというが、それはサンダースにとっても同じで、6割をとれば指名に必要な過半数の2,383に近くなる。特別代議員も現在のところクリントン側が467人に対して、サンダース側は26人だけだが、しかし、まだ200人強が態度をはっきりさせていない。なにしろ母数が大きいから、マイケル・ムーアがいうように、予備選はマラソンである。六月半ばのカリフォルニアでの投票にまでもつれ込む可能性は残っている。そして、そこまでもつれ込むと、いろいろなことが起こるだろう。前回のエントリで書いたように、ことはアメリカの二大政党制がゆらぐかもしれないという大事である。今日の東京新聞(夕刊)では、トランプは指名されなかったら暴動を起こすという物騒なことをいっている。

 サンダースは人柄としては穏和で、闊達な人で、5州を失った15日の翌日、アリゾナのホテルでの朝食で、にこにこテーブルを囲んでいる様子が流れている。民主党に属さず、唯一のインディペンデント・プログレッシヴの立場を貫いてきた人物であり、自伝『Outsider in the Whitehouse』を読んでいると相当な古強者である。ぎりぎりの選挙戦で市長、下院議員、上院議員と狭い隙間を通ってきたから、さすがにものに動じない。候補者としては、たいへんに強い人物である。活発に流れてくるブログ・ツイッターをみていると、陣営も、支持者も、これからが勝利の道だという意思統一をしているようである。
【画像はObjects In Mirror Are Closer Than They Appear.というもの。Feel the Bernから。】
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 もちろん、どうなるかはわからないし、基本的には他人の国のことである。

 しかし、森本あんり氏の『反知性主義ーーアメリカが生んだ熱病の正体』(新潮選書)に「アメリカの大統領選挙が政治の動きのしくみからだけでは理解できない。候補者は、予備選挙から本選までの長い期間、全国を駆けめぐり、巨大なスタジアムで熱気にみちた集会をもつ。その圧倒的な雰囲気は、社会の上層から下層のすべての人びとの精神と響きあうのである」とあることがよくわかって、アメリカという現在の世界史にとって、ある意味でもっとも重要な国の様子を知る勉強になる。

 最近読んだ内藤正典『イスラム戦争』が強調しているように、一昔前の日本の「左翼」に多かったいわゆる「反米主義」という感じ方は国際関係の現実のなかでは無用な思いこみである。日本の国家がアメリカへの従属構造をもっていて、独立と自立の課題があるということと、世界中の現実のすべてを「反米主義」という色眼鏡でみることはまったく違うことである。アメリカ史の紀平英作氏がいうように、「アメリカを、ライバルか、敵か、あるいは保護者としてしかみれない」ような観点ではどうしようもないというのが歴史家の考え方である(『アメリカ史』山川各国史)。極力しなやかで現実的な見方をせねばならず、その訓練と思って、アメリカの選挙情勢を勉強している。そういうところに、今日、『歴史評論』4月号の特集「越境空間から読み解くアメリカ」が配送されてきた。これは本格的なもの。冒頭論文の多数の注記がすべて英文論文であるというのにまいる。

 最近、アメリカ史の歴史学のなかでの位置が高くなってきているのは、なんといってもヨーロッパ史が中心であった戦後派歴史学の世界史研究の状況とくらべると圧倒的な進化であると思う。

 なお、サンダースがミシガンで逆転勝利を収めたのは、デトロイトのそばのフリントの町で水道管の付け替え、腐朽のなかで深刻な水質汚染、茶色水事件が起き、しかも州内でフラッキングにともなう環境問題が起こっているのが大きかったように見える。競争資本主義そのもののアメリカのインフラストラクチャはいいかげんなところがあって、「この町の上下水道は戦争のあとに整備したもので古すぎる」というが、その戦争は南北戦争のことであるというのが冗談になるような状況であるという。

 さらに問題なのは、フラッキングで、これは地下の岩床破壊、頁岩を破壊する行為をいい、日本では新たなエネルギー源、シェールガス採掘として脚光を浴びているものである。しかし、これが甚大な環境破壊をもたらすことは日本ではまったくといっていいほど報道されていない。おそらく早い時期の状況報告としては、エリザベス・ロイト「食糧供給システムを脅かすフラッキング──シェールガス・ブームの影で」(訳=宮前ゆかり、荒井雅子 (TUP)、『世界』13年3月号)だろう。これが報道されないのは、例によってどうしようもないマスコミということではないだろうか。

 問題は、フラッキングに反対の姿勢をとっているのはサンダースだけという状態で、これが今後の予備選、大統領選のテーマの一つとなる可能性があることである。気候環境問題が大統領選挙の重大問題となっていることはよく知られているが、原発反対の態度をとっているのもサンダースだけなので、この要素がどう動くかは、来年一月の新大統領宣誓まで目が離せないだろ。

 宮前ゆかり氏の教示によると、ナオミ・クラインがこのまま行くとフラッキングへの投下資本も焦げ付く可能性を指摘しており、これは重大問題であるという。実際、アメリカ各州でフラッキングが問題となっており、これは状況によって十分にありうる展開だろう。よく知られているように、2008年、大統領選挙の秋9月、住宅ローンが不良資産化している状態が引き金となってリーマンショックが起きたが、これがオバマの選出に大きな影響があったのではないかと思う。シェールガス開発は、資源問題というより深刻な問題であるだけに、同じようなことが起きることが危惧される。「恐慌」の話題がアメリカで連続するというようなことになれば、その影響は甚大である。

 
 心配なのは、大統領選挙の関係でアメリカの学者・研究者・文化人の動きがよくわからないことである。

 これは、日本では、昨年の安保法制問題以来、「学者の会」がはっきりとした行動をとって市民運動に伴走して下支えしているのとは大きな違いである。ヨーロッパの政治・学術・思想世界がおかしな状態になっているのは内藤正典氏や中田考氏がいっている通りだから、日本の学者の動きは世界的にみても先進的なものであると思う。

 それにしてもトランプの乱暴な言動をみていると、アメリカの学者・研究者・文化人の動きが日本にまでよくみえるほど伝わってこないのはどうしたことかと思う。私に情報がないからなのかもしれないが、アメリカの学術・思想世界、アカデミーの動きが鈍いのではないだろうか。

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