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2016年5月11日 (水)

ケネディとサンダース、アメリカ大国意識の後退、

ケネディとサンダース
 昨日、5月10日、サンダースがウェストヴァージニアでクリントンに15%近い差をつけて買った。この15%というのは、サンダースが一般代議員でクリントンに勝つために必要な票差と「いわれている。まだ目がはなせない。
 
サンダースのツイートより。
It’s time to join every other major industrialized nation and create a universal health care system.
「すべての他の主要な産業国に加わって、それと同じように国民全体の健康保険を作るべきときだ」
Kenedyi

次はケネディのいったこと。翻訳
 いましなければならないと問題になっている事柄の本質は、ヨーロッパのほとんどの国にとってはずっと前の問題だ。イギリスは30年前に実現している。我々は市民のための医療保険という点で、ヨーロッパのほとんどどの国よりも、遅れているのだ。

 これがケネディから説き起こされるのが、いかにもアメリカである。アジアにとってはケネディはベトナム戦争の拡大者だが、そこは我慢。

 今回のサンダースの主張で注目すべきものはアメリカ大国意識がないことである。アメリカは世界の文明国のなかでも異様に問題のある国だというのを正面から述べていることである。これはある意味でトランプも同じことをいっている訳だが、トランプにはみずからの社会を内省し、反省するというのではなく、他国のおかげでアメリカは豊かでなくなってしまったという被害者意識のみが目立つ。これに対して、サンダースの主張は、なぜこんなことになってしまったのかという自省を含んでおり、ずっと品がいい。
 
 ノーム・チョムスキーは、デモクラシー・ナウの4月26日のインタビューでサンダースの国民の権利としての健康保険という主張について重要なことを述べていた。レーガンの時代には70%の人々がそれは憲法上の権利としてあるべきであると考えていたという。それが逆進的(ロバート・ライシュの表現)にひっ くり返された過程が問題になるが、これはアメリカの民主党よりの判事たちが、結局、アメリカ合州国憲法を改正し、現代化するという展望をもたず、いわゆる ア メンダメント、修正箇条のうちの言論思想の自由などの項目を護持するという視野を超えられなかったためであろう。アメリカの社会の最大の欠陥は修正箇条のいくつかを大事というだけで正面から「健康で文化的な生活」その他、日本国憲法にあるような社会権を体系的に国政的要求として提出してこなかったことにある。

 アメリカ憲法の人種主義を含む古色蒼然さに対する真の反省がなかったのではないか。人の國の憲法を評価し評論するのは悪いが、しかし読めば分かるようにあんなつまらない憲法はない。各州植民地エリートの妥協で積み木細工のように作られたという性格が強く、ああいう人種主義丸出しの憲法をもっていててんとして恥じないから他国を侵略するのだと思う。根本的に間違っている。

 アメリカ合州国憲法は現代憲法としては欠陥が多いものであるが、経済法の側面における最大の問題は「公共の福祉」規定の不存在である。現代憲法の原型をなすワイマール憲法第五章経済生活の項には「経済生活の秩序はすべての者に人間たるに値する生活を保障する目的をもつ公正の原則に適合しなければんらない」「所有権は義務をともなう。その行使は同時に公共の福祉に役立つべきである」などの公共の福祉規定があり、日本国憲法においても同様であるが、アメリカ合州国憲法は社会権規定がまったく不在の旧式憲法である。

 もちろん、アメリカ合州国憲法の前文には憲法制定の目的の一つとして「公共の福祉の増進(promote the general welfare)」という規定がある。しかし、これは法学では「一般の福祉」と訳されることが多いように、むしろ連邦全体の共通の利益という意味が強く、アメリカの最高裁は一貫してこの部分に実質的な意味を認めることに消極的であった。ワイマール憲法のように経済活動に対する社会的な公正と幸福のための規制という意味が不在であることはいうまでもない。アメリカ法では、その代わりに正当な法手続き(due process of law)の規定が煩瑣なまでに強調され、現実には、それによって逆に法的な強者のみが利益をえる訴訟社会という結果がもたらされている。

 それにしてもアメリカ合州国憲法と比べると、日本国憲法はよく整っている。

 とくに「公共の福祉」という言葉はいい。それがいいというのは、「福祉」という言葉の語義に関わっている。「福」も「祉」も「示」偏がつく言葉である。「福祉」は「祉福」ともいって、ようするに神より授かる幸福という意味である。世上では「福祉」というともっぱら弱者救済のことであるというが、こういう感じ方ほど神を蔑しろにするものはない。神より授かる幸いを協同のものにしようというのが、その原義なのだと思う。

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