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2016年8月22日 (月)

アメリカの大統領制について、そもそも大統領という訳語はよくない

大統領という訳語はよくない
①プレジデントは本当は元首と訳したい
 アメリカのプレジデントを東アジアの漢字文化圏では「大統領」と翻訳する。これは、徳川時代の末期、一八五八年の日米修好通商条約に「帝国大日本大君と亜米利加合衆国大統領と親睦の意を堅くし」とあるのが始めの例であるらしい。それが東アジアに広がったのであるが、明治時代の半ばまでは「監督」「大頭領」などともいわれて固定されたものではなかったという(『明治のことば辞典』東京堂出版)。「棟梁・統領」というなじみやすい言葉に「大」をつけたのが訳語として成功した理由であろうが、しかし「統領」の大きいものという言葉は、やや大げさなだけでその具体的な職能を現さないのが欠点だろう。これは日本で早くから大統領は特別の存在だという意識がうまれたことに対応したものであろうか。ワシントンは少年の頃、斧の切れ味を試そうとして桜の木を切り倒したがそれを父に白状した。その正直さこそがワシントンを偉人にしたという話は修身の教科書にものっていてがよく知られていたのである。共和国の大統領も立派なものだという「偉人伝」である。
 こういう事情もあって大統領という訳語は完全に根付いているから、当面、変更することはむずかしい。それ故に、以下、そのまま使い続けることとしたが、ただ、本来からいえば、これは国家儀礼を主宰する職制を表現する「元首」という言葉に変えた方がよいと思う。つまり、プレジデントPresidentという言葉が国家のトップの意味で使われたのはアメリカが初めてであるが、それはアメリカに国家元首の役割を担う国王が不在であったためである。それが前例となって王が不在になった時、フランス、イタリア、ドイツなどでも元首の職名として受け入れられていった。逆にいえば、大統領制の対極にある議院内閣制は、発祥地のイギリスの例からいっても国王による首相の任命が前提になっており、スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、さらに遅れて日本やスペインでも同じである。つまり、国王――議院内閣制、国王不在――プレジデントという対照があるのであって、これはプレジデントという職名の本質が元首にあることをよく示しているといってよい。
 そもそもプレジデントの語義はラテン語にさかのぼれば、pre=前にsidere(sit)=座るということである。辞書ではたとえば大学の総長、協会の会長から、ただの会議の議長までをいう。ワシントンは連邦議会の議長職としての権威を認められてプレジデントになったのである。元首の元は「はじめ」、首は「こうべ」であって、組織や集会の秩序と儀礼をつかさどるという意味だから、この点からいってもPresidentの翻訳としてふさわしいだろう。
②大統領の憲法的地位と帝国性
 以上は、プレジデントという職名をどう翻訳するかという問題だが、これは世界の諸国家の頂点部分の多様な実態を整理して、そのなかで元首の国家儀礼を主宰する機能を説明することに関わってくる。

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 図に簡略に示したように、世界の諸国家の頂点部分には①王身分、②元首、③執行権者の三種類の人々が集まっている。まず①王身分の保持者のなかには、イギリスの王のように儀礼の主催者であり、執行権への関わりももつような君主的元首としての性格を残す王から、日本の天皇のように国政に関わる権限を有さず、元首でもない王(儀礼の主催権はもたず、国事行為も内閣の指示のもとに何項目かのみを行う)、さらにはスウェーデンのようにほとんど市民社会の内部にとけ込みつつある王まで、現代では多様な王身分が存在するようになっている。
 また②の国家儀礼を主宰する元首機能については、アメリカ大統領のように執行権者として元首機能を兼ね備える場合から、ドイツ・アイスランドのように名誉的プレジデント(元首)が置かれる場合、カナダのようにイギリス国王代理としてカナダ総督が名誉元首の役割を果たす場合、あるいは日本のように(前記の天皇の存在を別にして)執行権者としての首相が随時に状況に応じて儀礼的役割を果たすだけの例など、実に多様な構成となっている。ここでプレジデントを元首と翻訳すれば、アメリカのプレジデントはアメリカ国家元首、ドイツのプレジデントはドイツ名誉元首と呼べばよいことになり、様々な元首のあり方をわかりやすく表現できることになるだろう。
 そのように整理してくると、アメリカのプレジデンシー(presidential government大統領制)の独特な姿が浮き出てくる。アメリカでは大統領が行政権を握ると同時に元首の役割を果たすことが、大統領の権威と権限をきわめて強いものとしている。もちろん、憲法は大統領が行政権を握るとするだけだが(第二条)、大統領は合州国陸海軍と各州の民兵の最高司令官(Comander in Chief)であり、また条約の締結権などの外交における役割、さらに高官の任命や恩赦の権限が憲法に記されている。これらが大統領の元首機能を示すことは明らかである。また大統領は立法府に関われないとはいっても、大統領は議会の立法した法案に対する拒否権をもっている(それを押し戻すには議院の三分の二の多数か必要となる。憲法第一条七節)。最高裁判所の判事を指名する権限の位置も大きい(但し上院の助言と同意が必要。憲法第二条二節)。
 このような大統領権限の強力さは、アメリカの建国者が、アメリカを「帝国」と意識していたことに関係している。つまり、アメリカの初代大統領、ジョージ・ワシントンはアメリカを「興起しつつある帝国」と呼んでいる。またベンジャミン・フランクリンは植民地時代から死ぬまで四〇年にわたり、アメリカを「帝国」といい続けていた。アメリカ憲法の立法者たちが書いたA・ハミルトン、J・マディソンなどによる論説集『ザ・フェデラリスト』の「序論」にも憲法案の審議に「この帝国の命運」がかかっているとある。
 王のいないアメリカを「帝国」というのは漢語の語感からするとおかしいように感じるかもしれないが、英語の「エンパイアempire」は、ラテン語でいえばインペリウム、つまり、共和制時代のローマの執権者がもつ「命令・命令権」に由来する言葉である。「エンパイア=インペリウム」は王制か共和制かという問題には関わりない言葉であり、実際、彼らがアメリカを帝国という場合の範型はローマ帝国にあった。プレジデントというローマ由来の言葉を選んだのもそのためではないだろうか。トクヴィルは「共和国が一人の人間の軛につながれるとき、権力はあたかも万人の上に出るところは少しもないかのように、簡素で飾り気なく、また慎ましく振る舞い続ける。かってローマの皇帝たちが強大な力をもっていたとき、人びとはなおカエサルと呼びかけ、皇帝は友人を訪れ親しく食卓についたのである」と説明している(『アメリカのデモクラシー』第一部八章)。アメリカ大統領の地位は共和制ローマのイメージで考えるのがよいという訳である。アメリカの上院議員をセナターというのはローマの元老院にならったものであるのも同じことであろう。
 ホワイトハウスを初めとしてアメリカにギリシャ・ローマ風建築が異様に目立つのもそのためである。こういう白亜の建物は革命期のフランスではじまった「新古典主義」といわれる大仰なローマ風建築様式であるが、アメリカ建国期の指導者たちは、ギリシャ・ローマ風の様式をイギリスに対抗する共和思想の象徴として流行させたのである。その中心となったのは、独立宣言の起草を主導し、独立戦争直後にはフランス公使となった、後の第三代大統領トーマス・ジェファーソンであるが、彼は早い時期にアメリカ連邦は「広大にして肥沃な領土を自由の帝国に加える」ために存在すると述べて、ネーティヴの人々をの土地を取り上げ、さらに彼らを東へ移配することを呼びかけた。また、ジェファーソンは生涯に六〇〇人の黒人奴隷を使役したといわれるヴァージニアの奴隷制プランターであった。ジェファーソンにとっては、奴隷制の上に立って「共和制」を実現し、さらにはゲルマンの蛮族と戦ったギリシャ・ローマが一つの理想であったのであろう。しかしヨーロッパがゲルマンに発することを考えれば、ネーティヴの抑圧は根本的な不整合であって、ジェファーソンの生涯と思想には大きな矛盾がはらまれていた。現在、ワシントンにある白亜のジェファーソン記念館は、第二次大戦中にフランクリン・ルーズヴェルト大統領によって建設されたものであるが、このジェファーソンの「自由の帝国」なる思想のもつ矛盾はアメリカ史の中でいまだに解決されていない矛盾なのである。
③大統領制は民主的か
 世界では、近年、アメリカの大統領選挙は奇妙で不公正な部分が多いという認識が広がっているが、しかしそれでもアメリカ大統領が「強力なリーダーシップをもった自由世界の指導者」であるとされることは多い。とくに日本では、アメリカの大統領制度は民主主義世界における理想的な制度であるというのがいまだに一つの常識である。アメリカ大統領は国民による選挙で選出され、これを中心として行政権は大統領、立法権は議会、司法権は裁判所の専権となるという厳密な三権分立が制度化されているというのである。
 注意すべきなのは、こういう見方は徳川時代の末期からの伝統であった。福沢諭吉だけではなく、たとえば津田真道が幕府の大政奉還を前にして作った「日本国総制度」という憲法草案に徳川将軍家を元首としその名を「大頭領」としたのはアメリカの影響である。第二次世界大戦の敗戦直後に高野岩三郎が作成した「日本共和国憲法私案要綱」も大統領制を提案しているが、それは「天皇制ヲ廃止シ、之ニ代ヘテ大統領ヲ元首トスル共和制採用」「日本国ノ元首ハ国民ノ選挙スル大統領トスル。大統領ノ任期ハ四年トシ、再選ヲ妨ゲザルモ三選ヲ禁ズル」という明瞭にアメリカ合州国憲法を下敷きとしたものである。また日本の議員内閣制を首相公選制によって大統領型に変化させようという議論も自由民主党のなかには根強く存在している。
 しかし、ここでまず問題にしなければならないのは、そもそも大統領制そのものをどう考えるかということであろう。もちろん、現在の選挙システムを抜本的に正した上でということではあるが、この問題は、アメリカ大統領が世界にあたえる巨大な影響からして、どうしてもふみこんで考えておく必要がある。これはむずかしい問題であるが、やはりトクヴィルの見解が参考になる。つまりトクヴィルは「大国では一般庶民の権力欲は小国に比べて激しいが、同時にまた特定の人々の胸中には栄光を愛する気持ちが燃えさかっており、彼らは、人民の喝采を博すことこそ努力のしがいがあり、いわば自分を自分以上のものに高める恰好の目標とみなしている」「大国の方が、政府はより多くの一般的理念を掲げ、先例の繰り返しや地域の利己主義から容易に脱する。その構想には一層の閃きがあり、行動はより大胆である」と述べて、アメリカの大国性に注目しているのである。
 たしかに大統領の問題とは、アメリカのように広大な大国に特有なダイナミズムをどう考えるかにあるのであろう。大統領選挙を勝ち抜いた大統領が「自分を自分以上のものに高め」たかのように幻想し、人びとも「想像上の平等」のなかで、大統領が巨大な人格であり、自分がその一部であるかのように幻想する。そこで大統領の元首としての姿が国民の群集心理の共鳴板として大きな意味をもつことは疑いない。
 神学者のカール・バルトは、その『ローマ書講解』において、政治的な行為のすべてに潜むこのような幻想を「巨人主義」と名付けている。私は、このようなアメリカ大統領制のもつダイナミズムのすべてを、頭から拒否するべきものであるとは考えないが、しかし、それがそのままでは、やはり一つの病であることは疑いない。人間が他の人を飛び越えて一人巨人になれると考えることは神を蔑することである。それを拒否するためには、やはりアメリカの歴史における現実の大統領の行動を具体的に知って歴史的な省察を深めることであり、またアメリカの政治学者が熱心に主張しているようにアメリカ大統領制を世界の政治制度のなかで客観的に考えることであろう。こういう問題での単純なアメリカ第一主義はすでに許されるものではない。
 それを確認した上で、ここで紹介しておきたいのは、政治学のロバート・ダールが、その『アメリカ憲法は民主的か』という著作で述べた次のような感想である。
「子供時代に、私たちは大統領をその偉大さゆえに崇拝することを教わります。そして、大人になると、神話的な前任者たちのような偉大さを達成していないと、大統領をあざけるのです。大統領への両義的な見方は、アメリカ文化に深く根付いているものです。他の発達した民主国家の政治システムと比べると、私たちのシステムは最も不透明で複雑で混乱を起こしやすく理解困難なものであるという気がします。私たちは大統領制の神話的な側面にあまりに深く浸っているので、政治体制が崩壊でもしないかぎり、大統領制を変えようと真剣に考慮することはないでしょう。良きにつけ悪しきにつけ、私たちアメリカ人は大統領制と一体なのです」
 私たちは、ダールのようなアメリカ政治学界の長老が、このように冷静にして痛切な感じ方をもっていることをふまえて、過不足なく大統領制についての思考を深めていきたいものである。

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