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2016年9月13日 (火)

韓国で地震、7月5日に次ぐもの

 韓国で地震が続いている。韓国では有感地震そのものがめずらしく、大きな話題になっている。私は昨年、一昨年と日中韓の歴史地震史料のデータベース化について努力したが、資金の援助が1年できれてしまい中断ということになり、関係者には申し訳ないことになった。やはり研究が必要なのではないかと思う。
 プレートの動きには国境はない。中国・台湾・韓国・日本の間では国家関係よりも前に同じユーラシアプレートの東端にいるという環境を共有している。過去にあったような大きな噴火があれば同じ災害に襲われる可能性がある。それをふまえて地質学的な知識を共有することが優先されるべきだと思う。日本政府にも、各国政府にもそういう意識はないというのが困ったことである。これは地震火山列島で、災害にもっとも近い、日本がイニシアティヴをとるべきことだと思う。
 
 さて、昨日の地震については下記の通り。

 韓国南部で9月12日午後7時44分と8時32分にM5,1とM5,9の地震が発生という。2人がけがをしたほか、建物にひびが入るということ。韓国気象庁によると「観測史上最も強い揺れ」という。震度5。後に紹介するように、1455年には朝鮮の南部、慶尚道・全羅道などで大地震があって多数の圧死者がでており、大地震が朝鮮半島で起こりうることは十分に注意する必要がある。

 なお、7月5日にもM4.9の地震があった。これも地震空白域でのM5地震であって、地震が続いていることを示す。これについては、その時、以下のような趣旨のツイートをした。「歴史地震学からみると、韓国の地震は日本の地震が活動期に入ったことの証拠であるらしい。それを明瞭にいうのは茂木先生の仕事だけのように思いますがーー」。

 茂木先生とは茂木清夫氏のことで、『地震ーーその本性をさぐる』(東京大学出版会、1981年)は1700年前後に日本列島・朝鮮半島・中国北部で地震が関連してピーク期になっているとしている。
 私は、それを前提として、朝鮮半島南部の地震については、9世紀と15世紀に起きた東北沖海溝大地震・大津波の後、どちらの場合も韓半島で地震や火山噴火が活発になっていることを主張した(拙著『歴史のなかの大地動乱』)。それに関係して日中韓の歴史地震史料のデータベース化について努力したが、資金の援助が1年できれてしまい中断ということになり、関係者には申し訳ないことになった。やはり研究が必要なのではないかと思う。

 なお、神戸大学の大内徹氏の論文「Korea地域の地震・火山活動と東アジアのテクトニクス」(2002年)では、日本の敗戦のころに起きた東南海地震の前も韓国での地震が活発であったという(この大内論文は神戸大学のデータベースから落とせます)。

 また昨年11月の薩摩沖西方のM7の地震は熊本地震への動きの初発であろうと想定されいるが、琉球海溝域の地震もトカラ諸島近海などで続いている。

 現在が9世紀と15世紀につづく地震活動の活発期であるとすると、琉球海溝域から朝鮮半島の地震は注目すべきことだと思う。

 なお、以下、右の拙著『歴史のなかの大地動乱』の関係部分を引用し、および関係する新妻地質学研究所のブログの一部を掲載させていただく。

『歴史のなかの大地動乱』(岩波新書)
 注意しておきたいのはより長期的な地震の繰り返しの問題である。つまり、九世紀陸奥沖津波の約六〇〇年後、室町時代、一四五四年(享徳三)に大規模な奥州津波が発生した。この奥州津波は、「王代記」という山梨県に残る地域の年代記(一五二四年(大永四)頃に成立)に「十一月廿三、夜半ニ天地震動。奥州ニ津波入テ、山の奧百里入テ、カヘリニ、人多取ル」と記録されている。奥州で津波が発生したことについては、この史料が述べるのみだが、同日に地震があったことについては、そのほか、「会津旧事雑考」(『会津資料叢書』下巻)にも、「十一月廿三日夜大地震」とあり、また、しばらく後の一二月一〇日の『鎌倉大日記』にも「大地震」とある。これは奥州津波の余震に違いない。
 この室町時代の奥州津波は、右の「王代記」に、「山の奧」に「百里」入ったとあることからすると、おそらく九世紀の陸奥沖津波と似た規模をもったものではないかと考えられる。現在、地震学の地質調査によって、仙台・石巻平野に九世紀の津波の痕跡と推定される砂層が発見されていることは「はじめに」で述べた通りであるが、そこでは一四世紀頃の津波痕跡の砂層も確認されているという。右の「王代記」に記された津波は一五世紀半ばであるから、若干の時間差があって、今後の精査が必要であろうが、あるいはこの津波が上記の砂層を残した可能性もあるように思われる。
 なお、『大日本地震史料』によれば、上総の御宿にある大宮神社という神社の史料には、この日の「夜子丑剋、大地震、ヨルヒル入」とあるという。地震学の都司の探索にもかかわらず、残念ながら、現在、この史料は原本の所在が不明になっているが、原本が発見され、もしこの史料の「夜昼入る」という文章が津波と関係するものであるということになると、この奥州津波はまさに今回の東日本太平洋岸地震と同じように上総まで影響したということになる。
 ほとんどは今後の調査にかかっているが、この問題は陸奥三陸沖の海溝部で発生する地震のパターンや繰り返しのあり方という日本の地震学にとっての根本問題につながってくる。この「王代記」の記事は、だいたい六〇〇年周期で今回の東日本太平洋岸地震にあたる地震が発生するという結論をみちびくことになるのかもしれないのである。
 なお、この六〇〇年という時間との関係でふれておきたいのは、三月一一日の東日本太平洋岸地震の後、福島第一原発の事故との関係で、「一〇〇〇年に一度の災害は想定外である」という言い方がされたことである。この種の発言に対して、地震学者から、「一〇〇〇年に一度だから想定外」という言い方は了解しがたい、仙台・石巻平野において九世紀のみでなく、一四世紀頃にも大津波が発生していた可能性も指摘してあった、という発言があったことは記憶に新しい。このことは長い時間のことを考えるという自然史の研究の意味を鮮明に示しているように思う。
(ハ)東北アジアにおける地震旺盛期の終り
 問題は、この室町時代の奥州津波の後に、韓半島で大地震が発生したことである。この奥州津波は、西暦でいうと、一四五四年一二月二一日にあたるが、『朝鮮王朝実録』によると、その約一月後、西暦一四五五年一月二四日(朝鮮王朝暦、端宗王二年十二月甲辰)に、朝鮮の南部、慶尚道・全羅道などで大地震があって多数の圧死者がでている。また注意しておきたいのは、この六年前、西暦一四四九年(宝徳一)に、対馬で地震が発生したという記録もあることである。一五世紀の奥州津波は、九世紀の陸奥沖海溝地震よりも明瞭に韓半島南部の地震と連動しているようにみえるのである。
 これは地震学の茂木清夫が、一五世紀から一七世紀にかけてを東北アジアにおける地震の「広域的活動期」と規定していることに関係する。茂木が日本列島、朝鮮半島、中国大陸東北部がほぼ東西の同一線上に配列されていることを重視し、このような広域的な活動期の存在それ自体が「剛体プレート説を地震学の立場から支持するものといえよう」としているのは興味深い。茂木の議論は、図■のような日・中・韓の地震の統計データによって組み立てられたものであるが、以上の日本の奥州津波と韓国南部地震の連動は、それを直接に支えるものであると思う。この二つの地震は、一八世紀に続く地震の「広域的活動期」の第一撃であったのではないだろうか。
 現在では、宇津徳治「世界の被害地震の表」によって、茂木が空白に残した七・八・九世紀についても東北アジアの地震統計をとることができる。図■は、それによって茂木の作業をやり直したものであるが、これによって、七~九世紀と一五~一七世紀という東北アジアにおける地震活動の二つの活発期をたしかに確認できるだろう。さらに興味深いのは、この図の二世紀頃を中心として、もう一つピークがあるようにみえることである。そして、もし、そうだとすれば、東アジアにおいては約五〇〇年ほどの間をおいて「地震の旺盛期」が繰り返され、現在は紀元後、四回目の旺盛期であるというきわめて重大な結論が導かれるのかもしれない。

7月5日地震についての新妻地質学研究所のブログ
「2016年7月5日に朝鮮半島南東沖でM4.9-nt深度37kmの地震が南海小円区北方延長部で起こった.本震源は,対馬海峡を越した南海小円区の海溝距離567kmに位置し,これまでの最遠記録である海溝距離364kmの1997年6月25日中国地方北西海岸付近M6.6-np深度8kmを大幅に更新して表示範囲外になった.南海小円区の海溝距離範囲北側の本地震は,日本全域図の鹿島小円区の海溝距離1108kmに表示される(2016年7月日本全域月別).朝鮮半島域のCMT解は,これまで朝鮮半島東方沖2004年5月29日M5.1+p43km海溝距離1092kmの1個が報告されているのみで(2004年日本全域年別),本地震が2個目になる.本地震は,これまで地震活動が報告されていない空白域での地震であり(以下略)」,。

なおヤフーに朝鮮日報の記事が翻訳転載されている「(朝鮮日報日本語版) 東日本巨大地震後に韓半島で地震急増、M7級地震発生の可能性も」。下記に一部再掲させていただく。

地質学界では韓半島の断層構造上、最大でマグニチュード(M)6.5-7.0の地震が発生する可能性があると予測してきたが、今回の地震により2011年の東日本巨大地震や今年4月の熊本地震などで韓半島の断層構造が変わったという見方が強まっている。

地質学界では「『韓半島は地震安全地帯だ』という固定観念を捨て、地震に関するシステムを全面的に再編すべきだ」という声が強い。今回の地震が発生した慶州一帯の梁山断層地域は過去にも地震が発生した記録がある。同研究院のソン・チャングク地震災害研究室長は「地震は、過去に地震発生の記録がある地域で再び発生するのが一般的だ。今回地震を起こした梁山断層はいつでも地震を引き起こす可能性がある活断層。これまでの分析では韓半島で起こり得る最も大きな地震はM6.5程度で、一部の学者はM7.0も発生の可能性があると考えてきた。ただ、いつ、どこで地震が発生するかについて予測するのは難しい状況だ」と語った。

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