BLOGOS

著書

twitter

講演・取材依頼

  • アドレスmihotateあっとまーくkk.alumni.u-tokyo.ac.jp

公開・ダウンロード可能論文

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ

« アリストファネスの「鳥」の語る宇宙生成の物語はつぎのようなものである。 | トップページ | 『老子』六三章。こういうものに私はなりたい。雨にも負けず »

2017年6月21日 (水)

学問などやめて、故郷で懐かしい乳母と過ごしていたい

さいきん、やってる『老子』、これは二〇章です。みにつまされます。

 学問をやめることだ。そうすれば憂いはなくなる。だいたいこの問題の答えが正しいのと間違っているので現実にどれだけの違いがでるか。文章の美と悪の間にどれだけの相違があるか。人の畏れることは畏れない訳にいかない。しかし、学問をやったって茫漠としていてはっきりしないことばかりだ。

 衆人は嬉々として、豪勢な肉料理の饗宴を楽しみ、春に丘の高台に登るような気分でさざめいている。私は一人つくねんとして顔を出す気にもなれない。まだ笑い方も知らない嬰児のようだ。ああ、疲れた。私の心には帰るところもないのか。みんなは余裕があるが、私だけは貧乏だ。

 私は自分が愚かなことは知っていたが、つくづく自分でも嫌になった。普通の職業の人はてきぱきとしているのに、私の仕事は、どんよりとしている。彼らは敏腕を振るうが、私の仕事はもたもたしている。海のように広がっていく仕事は恍惚として止まるところがない。衆人はみな有為なのに、私だけが頑迷といわれながらも田舎住まいを続けている。だが、私には、ここにいて小さい頃からの乳母を大事にしたいのだ。

絶学無憂。唯与訶*、相去幾何。美**与惡、相去何若***。人之所畏、亦不可以不畏。恍兮其未央哉。衆人熙熙、如享太牢、如春登臺。我独泊兮未兆、如嬰児之未孩。累累、若無所帰。衆人皆有餘、而我独遺。我愚人之心也哉、沌沌兮。俗人昭昭、我獨若昏。俗人察察、我獨悶悶。惚兮、其若海、恍兮若無止。衆人皆有以、而我独頑似鄙。我欲独異於人、而貴食母。
*底本「阿」。帛書による。**底本「善」。帛書による。***底本「若何」。帛書による。

学を絶てば憂い無し。唯(い)と訶(か)と、相去ること幾何(いくばく)ぞ。美と悪と、相去ること如何(いかん)。人の畏(おそ)るる所は亦た以て畏れざるべからず。恍(こう)として其れ未(いま)だ央(つく)さざるかな。衆人は熙熙(きき)として、太牢(たいろう)を享(う)くるが如く、春に台に登るが如し。我れ独り泊(はく)として未だ兆(きざ)さず、嬰児(えいじ)の未だ孩(わら)わざるが如く、累累(るいるい)として帰する所無きが若し。衆人は皆な余り有るも、我れ独り遺(とぼ)し。我れは愚人の心なるかな、沌沌(どんどん)たり。俗人は昭昭(しょうしょう)たるも、我れ独り昏(こん)たるが若し。俗人は察察(さつさつ)たるも、我れ独り悶々(もんもん)たり。惚として其れ海の若く、恍として止まるところなきが若し。衆人は皆な以(もち)うる有りて、我れ独り頑(がん)にして以って鄙(ひ)なり。我れ独り人に異(こと)なりて、食母(しょくぼ)を貴ばんと欲す。

解説ーー知の鬱屈

 最後の「食母(しょくぼ)を貴ばん」を、普通は、食母を「道」の象徴と理解して「学問を絶っても万物を育む道を母として大事にすることは変わらない」などと訳す。しかし、そういう負け惜しみのようなことをいっては詩にならない。これは夏目漱石の『坊ちゃん』にでる乳母の清(きよ)と同じで、老子にも大事にしている乳母がいたとみた方がよい。
 この章は老子というのが、どういう男なのかを伝えてくれる章で、私は、自分が学者だからかも知れないが、もっとも好きなところである。この章からすると、春秋戦国時代には確実に知識人の生活というものがあるようになっていて、学問をすることを一つの職分とみるようになっていたことが分かる。
 
 何よりもよいのは、学問をするものの誇りや自嘲や鬱屈という、今でも私などには親しい心情のあり方が語られていることで、学問なぞは、自由な生の造形を抑圧し、窒息させるだけではないか。何の役に立つものか。去れ、去れ、歴史学のぼろ切れめ、という訳である。しかし、このようにはるか過去の人間の本音を時を隔てて確かに聞き取ることができるというのは、歴史学に独自の愉悦であることも自覚させられる。

 老子には、陶淵明の「帰去来兮辞」と同じ田園主義の最初の現れがある。「帰去來(かへりなん)兮(いざ)、田園 將に蕪(あ)れんとす、胡(なん)ぞ帰らざる、既に自ら心を以て形の役と為す、奚(なん)ぞ惆悵して獨り悲しむ」という例の詩である。漱石の『坊ちゃん』には、老子や淵明の感傷が生きていたが、それ以降、日本では田園主義らしい田園主義はなくなってしまったように思う。それは文化として必要なものではないかと思うようになった。

« アリストファネスの「鳥」の語る宇宙生成の物語はつぎのようなものである。 | トップページ | 『老子』六三章。こういうものに私はなりたい。雨にも負けず »

宗教」カテゴリの記事