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2017年7月18日 (火)

『老子』上善は水の若(ごと)し(第八章)

上善は水の若(ごと)し(第八章)

 上品な善というものは水のようなものである。水はすべてを潤して争わない。水は人の利用しない沼沢地に流れ込む。こういう水の性格はきわめて道に近い。それはともかく、住み方の善は地べたに近く棲むことにあり、心の善は奥が深く低いことにあり、友であることの善は思いやり(仁)にあり、言葉の善は言を守る信(まこと)にあり、正しいことの善は自分が治まっていることにあり、事業の善はただ己(おのれ)の能事(できること)をやることにあり、行動の善はただ時を外さないことにある。そもそも争わないというのは人に責任をもっていかないということだ。

上善若水。水善利万物、而不争。処衆人之所惡。故幾於道。
居善地、心善淵、与善仁、言善信、正善治、事善能、動善時。
夫唯不争、故無尤。

上善は水の若(ごと)し。水は万物を利して争わず。衆人の悪(いと)う所に処る。故に道に幾(ちか)し。居(きよ)の善は地にあり、心(こころ)の善は淵(ふか)きことにあり、与(とも)の善は仁にあり、言(ことば)の善は信(まこと)にあり。正(せい)の善は治にあり、事(こと)の善は能にあり、動(どう)の善は時にあり。それ唯(ただ)争わず、故に尤(とが)むること無し。

解説
 この「上善は水の若(ごと)し。水は万物を利して争わず。衆人の悪(いと)う所に処る」という章句は人生訓を説いた老子の言葉の中でももっとも有名なものであろう。第七八章には「天下に水より柔弱なるは莫(な)し」とあって、『老子』にとって「水」は柔弱なもの、つまり女性的な「徳(はたらき)」の比喩として使われている。

 人生にとって、この「水」のような争わない「柔弱さ」、「女性的な徳(はたらき)」、そして「水」のような自由が大事だというのが、老子のいいたいことであろうと思う。その意味では、本章は、悠然とした人生の自由を説いた「大きな象に乗って天下を往く」という本節冒頭で掲げた第三五章に対応するものである。ただ、「大象」=「大道」は「道」の比喩であって、どちらかといえば男性的な「道」と自由を説いているのに対して、この「上善、如し」は女性的な「徳(はたらき)」ということになる。そのような意味をふくめてこれを人生訓の最後として掲げることとした。

 本章の主題は「善」はこの「水」=「柔弱」=「女性的な徳(はたらき)」にこそあるということにある。それが物体としての「水」のあり方にそくして語られていることが、この章句を味わい深いものとしている。「居・心・与・言・正・事・動」などの人生の生き方に関わる事柄では「善」は水のもっているような自由と「徳(はたらき)」こそ大事であるというのである。つまり、「居=住み方」の善は地べたに近く棲むことにあるが、それは水が低いところに流れるのと同じであり、「心」の善は奥が深いことにあるが、それは水が深い淵を作るのと同じである。また「友(与)」であることの善は水のように柔弱な思いやり(「仁」)にあり、「言(言葉)」の善は水のように純粋透明な信(まこと)にある。「信(まこと)」とは言語の透明さと誠実を意味するというのである。さらに「正しいこと」の善は自分の内面が明鏡止水(鏡のように静かな水面)のように治まっていることにあるというのである。

 このような「水」=「柔弱」=「女性的な徳(はたらき)」の評価が、さらに一種の行動原則にも及んでいることが重要であろう。まず「事」の善、つまり大小の事業における「善」はただ能事(できること)をやるだけというのは、諺でいう「能事畢矣(能事(のうじ)畢(おわ)れり)」、つまり「なすべきことをなし、後は運に任せる」ということである。この諺の典拠は、普通、『易経』(繋辞上)によるというが、言葉としてはそうであっても、本来は『老子』に由来するものであった可能性もあると思う。自分の分担は淡々とこなし、結果は静かに待つという柔軟な受動性ということである。そして、「動(行動)」の善はただ自分の時を外さないことにあるというも、冷静であると同時に水のように即座に反応するという受動のイメージだろうと思う。

 これらの「居ー地」「心ー淵」「与ー仁」「言ー信」「正ー治」「事ー能」「動ー時」のすべてについて、「水」のイメージの内観をもって事にあたれというのが『老子』の人生訓ということになる。もちろん、ここであげられている徳目は『論語』『孟子』などにも出てくるものが多いが、しかし、当時の人々にとっては、本章は、儒家の言説を体系的に組み替える衝撃力をもっていたのではないかと思う。それらの徳目が「水」の受動的で柔弱さな徳(はたらき)と一括して捉えられ、「それ唯(ただ)争わず、故に尤(とが)むること無し」とまとめられることによって、全体のイメージがまったく異なってくるのである(なお「それ唯(ただ)争わず、故に尤(とが)むること無し」は、普通、「争わないから尤(とが)められることもない」と訳されるが、ここは、文脈からいって「争わないとは人に責任をもっていかないことだ」と訳したい)。

 なお、本章で面白いのは、冒頭で「水」の性格について述べた後に、「故に道に幾(ちか)し」とされるところだろう。これは「水と同じように道も無為自然だ」というように抽象的に理解されるが、しかし、例によって、まずはもっと即物的に理解されなければならないだろう。つまり、道路の場所としての性格が水辺の土地や水路と似ているといっているのである。たとえば、日本には「水に流す」という言葉があるが、水路・河原はそもそも汚れ物を排出しておく場所であった。そのため、たとえば平安時代によると、そういう場所で汚物をみてそのまま内裏に参上したり、神事に従ったりしても、「穢れ」のタブーにふれたことにはならないという慣習があった。そして実は道路の「穢れ」も、同じくタブーのはならなかったのである。

 これは河原・水路と道路は社会のなかの開放空間という点で共通性をもっているということだと理解されている(山本幸司一九九二)。つまり道が四通八達するのにそって、川や水路も四通八達していく。道と川・水路の開放空間が自然を区分すると同時にしていき、社会のインフラストラクチャとなっていくのである。日本と中国では「浄穢」観念のあり方は相違しているが、水路・河原と道の性格は共通していたに相違ない。「故に道に幾(ちか)し」というのは、まずはそういう具体的なニュアンスであったに相違ない。

 そして、道と川をくらべれば、老子の好むところは川にあったに違いない。それに対して、これまでの解釈には「故に道に幾(ちか)し」を「水は道に近いほどの価値をもっているのだ」というニュアンスがどうしてもつきまとっているように思う。しかし、川の方が自然と大地に近く、より自由で、より謙虚なものであって、老子にとっては、「道」(男性的な道と理法の世界)よりも、「水の徳(はたらき)」(女性的な受動の徳)の方が本質的に「善」なるものであったことは疑いをいれないと思う。

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