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2018年8月27日 (月)

老子は「天地鎔造」=火山の思想が日本に生まれる上で重要な役割をした。

 「天地鎔造」という言葉は任昉(じんぼう)(四六〇 -五〇八年、梁の武帝の側近)の言葉です(『文選』三九巻)。『現代語訳 老子』で書きましたが、これは火山論に関わり、直接に日本の自然をみる目に関わってきますので、紹介しておきます。地震学・火山学の方に読んでいただきたいです。

士と百姓の間には溶鉱炉の鞴のような激しい風が吹く(五章)

 天地の自然には「仁(憐(あわれ)み)」などというものはない。万物を藁人形(芻(わら)狗(いぬ))のように吹き飛ばす。有道の士にも「仁(憐(あわれ)み)」などというものはない。有道の士と百姓は互いに独立で風のままであって、百姓はやはり藁人形のように吹き飛ばされる。天と地の間は溶鉱炉の鞴(ふいご)のようなものである。中は虚ろで風が尽きることはなく、動けば風はいよいよ激しくなる。「仁(憐(あわれ)み)」などということを多言していると行きづまる。天地の中にある巨大な無を守っていくほかないのだ。
天地不仁、以万物為芻狗。聖人不仁、以百姓為芻狗。
天地之間、其猶橐籥乎。虚而不屈、動而愈出。
多言数窮。不如守中。
天地は仁ならず、万物を以て芻狗(すうく)と為(な)す。聖人は仁ならず、百姓を以て芻狗と為す。天と地との間は、其れ猶お橐籥(たくやく)のごときか。虚にして屈(つ)きず、動きて愈々(いよいよ)出ず。多言なれば数(しば)しば窮す。中を守るに如かず。

解説

 強烈な印象をあたえる章句である。「天地は仁ならず」とは、天地に憐(あわれ)み、親しみというものはないということである。老子は同じことを「天道は親(しん)無し」と述べている(七九章)。強大な天地のエネルギーは人間の都合を歯牙にもかけずに、それを一気に吹き飛ばすというのである。天地が「万物を芻(わら)狗(いぬ)のように吹き飛ばす」という芻(わら)狗(いぬ)とは祭りの飾りなどに作る犬の形の藁形(わらがた)のことである。これは日本でも七八〇年の法律にまじないに使ったことがみえるから古くから東アジア中に広まった風俗なのであろう(『類聚三代格』)。

 「聖人は仁ならず、百姓を以て芻狗と為す」というのは、聖人=有道の士が百姓を生命のない藁犬のように吹き飛ばすということであるが、この風は「聖人」自身が起こす風ではなく、天地の間を吹き抜ける風である。それ故に、この章句は、老子自身が百姓を藁犬のような存在として扱おうということではない。戦国時代から秦漢帝国の総説にいたる、激しい内戦と社会矛盾の展開のなかで、百姓は暴風によって吹き飛ばされる運命と境遇に置かれた。有道の士は天地の動きを透視する中で、この暴風の力を実感しているだけに、恩恵的な「仁(あわれみ)」に限界があることをよく知っている。本章の問いは、「仁」などはない、私も百姓を吹き飛ばしているだけだという認識の中で、「士」としてなすべきことは何かという問題である。

 この天地の間を吹く風は、天地は橐籥(たくやく)、つまり鞴(ふいご)のような仕組みから生ずると説明されている。鞴(ふいご)と同じように、天地が上下に運動することによって風が吹き出すというのである。「虚にして屈(つ)きず、動きて愈々(いよいよ)出ず」というのは、天地の間の空虚は強風をもたらすが、しかし、それがあるからこそ天地の動きが尽きることはないのだとつながるのであろう。空虚な部分が、「物」の動きを支えるのだというのは後にみる「無用の用」の考え方に通ずる(■)。最終句、「多言なれば数(しば)しば窮す。中を守るに如かず」の文脈は「天地は仁ならず」云々という上段をうけたものであろう。つまり「仁」などということを多言していないで、「無」を守れというのである。

 なお、本章は、楚簡の段階では二行目の「天と地との間は、其れ猶お橐籥(たくやく)のごときか。虚にして屈(つ)きず、動きて愈々(いよいよ)出ず」のみからなっていて、もっぱら天地の風を論ずるだけの章であった。一行目と三行目のような人事に関係することは、その後に加筆されたものなのである。その加筆の際のキーになったのは、天地を吹き抜ける風のイメージであったろう。天地から押し出される鞴の強風のイメージを藁犬を吹き飛ばす風につなげた。うまくまとめたものであると思う。

 さて、この巨大な橐籥(たくやく)=鞴(ふいご)のイメージは、『荘子』(大宗師篇)の「天地をもって大鑪(だいろ)となし、造化をもって大冶となす」という記述、つまり天地は巨大な溶鉱炉であって、人間をふくむ万物は、その中で大冶=巨大な鋳物師の造化の力によって形づくられるという世界創造神話と関係するとされる(〖池田注釈〗)。これは賈誼(かぎ)(紀元前二〇〇~一六八)の「服鳥賦」にも「それ天地をもって鑪となし、造化の工となり、陰陽の炭となり、万物銅となる」といい、任昉(じんぼう)(四六〇 -五〇八年、梁の武帝の側近)も世界は天が「鎔造」(鋳物のように作ること)したものだと繰り返している(『文選』三九巻)。殷の立派な青銅の鼎でよく知られているように、中国では早くから青銅器文化が独自な発達をみせた。その関係で金属の鋳造(ちゆうぞう)技術が発展し、とくに春秋時代には鉄の鋳造技術が発達した。この技術を可能にしたのが溶鉱炉と、その熱を上げるための送風装置、鞴の開発であったという。この伝統の中で、大鑪(だいろ)と橐籥(たくやく)によって金属を精錬し、器を鋳造するように天地が鎔造されたという神話ができあがったのであろう。

 この神話は日本にも伝わっていた。つまり、倭国神話の最高神の高皇産霊(たかみむすひ)という神は、「天地を鎔造する」巨神とされている(『日本書紀』顕宗紀)。第二次世界大戦前の神話史観では、神話の最高神というと天照大神という見方だったが、高皇産霊(たかみむすひ)こそ九州高千穂火山に瓊々杵(ににぎ)尊を天下らせた至上の火山神であった(保立「火山信仰と前方後円墳」)。日本では、この天地を鎔造する神という神話は火山神にぴったりの表現として使われたのである。中国において火山神の神話が存在したかどうかは、『山海経』(大荒西経)に西王母の棲む崑崙山のそばに「炎火の山」があるという記事があるものの実態は不明である。しかし、アリストテレスの『気象論』が火山噴火と地震との原因は世界を吹き抜ける風にあり、その風は気候の温冷(中国的にいえば「陰陽」)によって作り出されるのだというのは同じ発想である。

 こういう問題が洋の東西を問わず文明の開始と同時に問われていたということを知る上でも重要な位置があるのである。そしてそういう世界観を伝える史料のうちでも『老子』の本章のイメージは強烈である。原子物理学の湯川秀樹は漢学者の家に生まれて小さい頃から漢籍に親しんでいたが、原子爆弾の出現を見て、『老子』本章の言葉を思い出し、科学文明によって人為の変化をうけた自然が人間を吹き飛ばすのではないかと危惧したという。本章は、神話時代から文明の時代への移行の中で人類が何を考えたか、そして、さらには現代に科学的に発見された、この宇宙と天地がもっている巨大なエネルギー、核エネルギーのことを考える上でも重要な位置をもっていたのである。

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