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2019年2月19日 (火)

 『老子』の原文・読み下し・現代語訳を公開することにしました。

 『老子』の原文・読み下し・現代語訳をこのブログで公開することにしました。この記事の最下欄の「老子」という茶色い字にリンクが張ってあります。基本は『現代語訳老子』(ちくま新書)で作成したものですが、さらに読みやすく簡単にしました。部分的に再検討したところもあります。解説は、この本をみてください。

 『老子』を読むようになったのは、東アジアと日本を長い歴史の時間と蓄積された文化のなかで考えるということが極端に減ってきているように思ったからです。これは決してよいこととは考えません。東アジアの共通教養というものはやはりどうしても必要ではないでしょうか。

 現在、東アジアとの文化的断絶、「脱アジア」が進むことによって、日本の文化から何が奪われるのかといえば、最大のものは宗教でしょう。

 まず神道は東アジア全域に広がっていた基底宗教で神話の時代に根をもつものです。そういう東アジアの風土に根ざした基底宗教は、紀元前後、中国で『老子』の影響をうけて道教に展開しました。この道教が朝鮮を通じて、邪馬台国以来、日本に影響をあたえ、六世紀以降、日本で神道というに近いものが生まれました。ただ、道教も神道も哲学あるいは思想として頼ったのはやはり『老子』でした。本居宣長の仕事は、それを『老子』から切り離してあらたな神道神学を作り出そうとしたものであると思いますが、それは平田篤胤によって受け継がれたものの、結局、それを継いだ折口信夫の段階でうまくいかなくなってしまいました。「むすび」の神学です。これはもう一度、伊勢神道の昔にもどって『老子』を再検討するほかないでしょう。実際、『現代語訳 老子』を書く中で、私は『老子』(そして『荘子』)を勉強することが、日本の神話や神道史を根本から理解していく上できわめて大事なことを実感しました。以上のような根っこをなくしてはなりません。

 他方、インドに発した仏教は東南アジア、中国で一度大きく変化した後、日本に圧倒的な影響をあたえました。日本の伝統文化の表側は仏教によって安定していたと思います。東アジア諸国で仏教が衰退した後も日本では仏教が維持され徳川国家はなかば仏教を国教としていたといってよい状況でした。しかし、この状態は決して東アジアと日本の関係における仏教の重大な位置を失わせたわけではありません。日本は仏教を通じて東アジア文化との生き生きとした関係を持ち続けていました。とくに重要なのは、一三世紀以来、日本で禅がきわめて大きな位置を持ったことで、これが日本の文化と宗教が20世紀の世界にもたらしたもっとも大きな事柄であったことはよく知られています。そして、仏教は、そもそも中国で『老子』の思想の普及を前提として、『老子』の思想と相似したものとして受け入れられてきたもので、それがストレートに禅につながっていきました。禅が『老子』の大きな影響を受けていることはよく知られています。私は『老子』を東アジアの普遍教養とすることはこの禅との関係でも大事だと考えています。

 問題は儒教ですが、儒教は基本的に中国の正統国家思想でした。それは奈良時代以来、日本でも同じことでした。そもそも明治維新を領導し、明治国家のイデオロギーの基本を作ったのは儒教です。幕末に流行した水戸学の文献を読めばわかるように、それは儒教そのものでした。明治維新というのは、宗教の面からみれば、徳川国家の国定宗教であった仏教に儒教がとって変わったということです。そして日本の戦前社会で儒教の影響がきわめて大きかったことはご承知の通りです。天皇制国家は天皇は神の子孫であるという皇国史観、国家神道によって作られていましたが、国家神道の中をよくみてみると、その半分以上は、むしろ儒教であったというのが事実です。たとえば「身を立て名を挙げやよ励めよ」という卒業式の歌は儒教経典の『孝経』(第一章開宗明義)の有名な一節、「身体髪膚(しんたいはつぷ)、之(これ)を父母(ふぼ)に受(う)く、敢えて毀傷(きしよう)せざるは、孝の始なり。身を立て道を行い、名を後世に揚げ、もって父母を顯わすは孝の終なり」によるものです。

 明治以降、こういう国家神道は民間の神社を組織していき、神社の側もそれに乗っていったところはありますが、しかし、素朴な神社の伝統と国家神道がきわめて大きな相違をもっていたことは南方熊楠や折口信夫がいう通りです。

 私は現在の段階で儒教のイデオロギーに共感をもつことができません。もちろん、儒教も宋代の朱子学以降、いろいろな要素をもつに至っていますから、それを十把一絡げに拒否することはできませんが、それは学者が研究しておけば基本的にすむことだと感じます。また『論語』はやはり東アジアの古典として自然な知恵を含んでいますが、それは儒教とは厳格に区別すべきものです。むしろ『論語』を読む場合も、『老子』から入って批判的に読んだ方が『論語』の内容も豊かになるのではないでしょうか。いずれにせよ、中国を儒教からのみ見てはならない。『老子』が東アジアの歴史を再考するキーとなることは明らかだと思います。

 さて、現在の日本をめぐる世界をみますと、いよいよ中国とアメリカが太平洋をはさんで大きな面積と人口をもった大陸国家の圧倒的な経済力を発揮する時代に入ったように思います。これが二一世紀の世界情勢の大きな特徴になることは明らかでしょう。他方で、中東からロシアに到る地帯は、きわめて不安定でしかも膨大な犠牲を子供たちにまで強要する時間が長く続いています。これは歴史家からしますと、第一次大戦における火薬庫バルカン半島が圧倒的に拡大し深刻が危機が深まっているようにみえます。ふたたび世界戦争の危機が来ること、偶発事件が何を招くかわからない状態になっていることを正面からみていくほかないように思います。

 とくに心配なのはいうまでもなくアメリカとイスラエルの関係が軍事産業、武器産業(いわゆる「死の商人」、というよりも現在では「死の大工業」というべきもの)の強力なネットワークの中枢にあることです。これがアメリカから太平洋へ、そしてインド洋に伸びる軍事線をなして世界の緊張を生み出しています。この中で 中国とアメリカの対抗が、中央アジアや中東の情勢を激化させるような形に展開すれば、世界大戦を避けられたとしても悲劇はさらに拡大するでしょう。

 私は、こういう中で、東北アジアと東南アジア(ASEAN)の一体化と平和化を進めることがきわめて重要だと考えます。その場合に決定的なのは東アジアでしょう。日本・韓国・中国が世界の中で東アジアの日本・韓国・中国の地域的関係がもっている政治・経済・文化の上での役割を共通に認識していき、きわめて緩いレヴェルではあっても、少なくともASEANと連携しうるようなレヴェルでの連携をもちうれば危機の拡大を押しとどめる上で、その役割は大きいと思います。そのためにはやはり(好むと好まざるに関わらず)共通の文化と教養が必要なのです。

 いうまでもなく、ASEANの動きは世界にとってきわめて有効なものとなっています。しかし、戦争と不安定化が万が一、インドシナ半島やその東まで及び、ASEANの動きが制約されるような事態を招かないための最大の保証はやはり東北アジアと東南アジア(ASEAN)の広域的な連携であると思います。それによってアメリカの動きが乱暴名方向にいかないようにし、アメリカの動きが太平洋ルートでユーラシアを越えるのを制約し、日本が東南アジアとの関係を伸ばしていくことが、結局、大事だと思います。それはいうまでもなく、日本ー沖縄のグートです。

 私は、共通教養というものを考えた方がよいということを考えるようになったのは以上の事情です。今後、21世紀に『老子』がどう読まれるようになるか。東アジア思想がどう読まれるようになるか。世界に何らかの影響をあたえるようになるのか。私には予測はできません。しかし、若干の経験から、『老子』は日本と韓国では抵抗なく広がり、読まれるようになるのではないかと期待できるように感じています。

 問題は中国です。率直にいって、『老子』の思想は現在の中国の擬似的な「社会主義」体制にとっては容認しがたい面があると思います。中国では『老子』は道教と結びついており、それは伝統的に中央国家に対する不満の根となっていました。それは現在でも変わらないのではないかと感じます。

 これは仮にも中国が「社会主義」を称する以上奇妙なことです。私は福永光司氏のように『老子』がアナキズムの書であるとは思いませんが、しかし『老子』が東アジアの諸思想のなかでは民主主義と地方分権、あるいは本来の社会主義にもっとも近い社会思想をもっていることは常識的な事実なのです。その意味では『老子』の社会思想によって「中国社会主義」が問われるのはきわめて自然なことです。もちろん、私にはまったく予測のつかないことではありますが、私は、中国もいずれ『老子』の社会思想を受け入れるようになってほしいものだと思います。なんといっても老子は中国文明のなかでもっとも影響の大きい思想家であり、哲学者なのですから。

 さて、以上が、『老子』を大事だと思った理由の一端ですが、私の現代語訳は『老子』は哲学詩であるという立場から、従来とは相当に変更しました。ただ先行する諸注釈書、福永光司『老子』(朝日選書)、蜂屋邦夫注釈『老子』(岩波文庫)、池田知久『老子ーその思想を読み尽くす』(講談社学術文庫)、小池一郎『老子訳注』(勉誠出版)』などには大変に大きなおかげをこうむりました。私も歴史学者ですので、注釈書に大きく依拠することは邪道であって、『老子』についての大量の論文を読むこと、また中国での研究史に内在することが本来は必要であることは自覚しています。ただ、これらの注釈書が相互に大きく食い違っていることが驚きで、それがこのような作業を自分でしてみようと考えたことの理由ですので、どうぞ諸先学には御赦しをいただきけるようにお願いします。
 
 さいごに拙著のあとがきの最後を引用しておきます。
 「歴史学者としては、私は『老子』を読むことは、日本に歴史主義を復興し、それによって健全な保守主義の地盤を用意することになると考えてきた。人生の時間が許せば、次は、『古事記』『日本書紀』の神話そのものの注釈をしたいと考えている」。

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