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2019年5月

2019年5月 8日 (水)

『老子』 有(あ)り余(あま)りて有(あ)るを、取りて以て天に奉ぜん(七七章)

『老子』 有(あ)り余(あま)りて有(あ)るを、取りて以て天に奉ぜん(七七章)  

 

天の道は弓を張るように動く。高く逆反っている弓束(ゆづか)を押し、両弭(はず)を上げる。有り余るものを減らし足らないものに補う。天の道は有り余るものを削って不足のところに補うのである。人の道は往々にして逆で、不足の者から削って余り有る者に奉らせる。有り余って有るものを取り上げて天下公共のものにするために、誰が動くか。それは有道の士だ。有道の士は行動する。しかし、手柄顔をせず、功をあげてもその地位に居座らない。賢明を顕すことはしない。

 

 


天之道、其猶張弓也(1)。高者抑之、下者挙之、有餘者損之、不足者補之。
天之道、損有餘而補不足。人之道則不然。損不足以奉有餘。
孰能有餘而有、以取奉於天者、唯有道者乎(2)。
是以聖人為而不恃、功成而不処。其不欲見賢。
(1)底本「興」。帛書により改む。(2)この行、帛書による。

 

 

天の道は、それ猶弓を張るがごときなり。高き者は之を抑え、下き者は之を挙げ、有り余る者は之を損し、足らざる者は之を補う。天の道は、有り余るを損して、足らざるを補う。人の道は則(すなわ)ち然らず。足らざるを損して以て有り余るに奉ず。孰(だ)れか能く有(あ)り余(あま)りて有(あ)るを、取りて以て天に奉ずるものぞ。唯有道者のみなるか。是を以て聖人は為(な)して恃まず、功(こう)を成して処らず。其れ賢(けん)を見(あら)わすを欲せず。

 普通は「有り余って有るものを取り上げて天下公共のものにする」という部分は、有り余っているものは寄付するなどと慈善行為として訳される。老子はそういう微温的なことはいわないだろう。私訳と一致するのは、管見の限りではル・グインの英訳のみ。

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