以下は、ゼミのための通史のメモのための前書き。
以前、『歴史学をみつめ直す』で書いたことの再論のようであるが、最後の方に、通史の要約的な叙述というものがなぜ必要か、考えたことを書いた。こういう要約なしに歴史理論、史論というものはありえないと思う。
前近代を学ぶ意味
前近代を学ぶということを考える前に、まず「近代」についていくつか確認しておくべきことがある。
「近代」は英語でいえばModernという意味であるが、Modernは現代という意味ももっている。英語のModernは近現代とも表現できるように、近代とも現代とも訳すことができるのである。つまりModernとは、私たちが生きている現在の社会と同じ社会構造をもつとと感じている時代をいうといってよいだろう。英語でModernというと、ようするにフランス革命と産業革命以降の時代のことであって、欧米の人々は18世紀の後半からの200年以上の時代を自分たちの時代、近現代の時代という意味でModernといっているのである。
これに対して、日本では、200年前といえば江戸幕府の将軍家斉が位についてしばらくの時代である。その時代はModernではない。日本でModernと感じる時間はヨーロッパにくらべて明らかに短いのである。しかも、日本では「近代」とは別に「現代」というものがあると感じられている。私たちは、近代というと「明治維新」以降の時代を意味し、現代というと第二次世界大戦の敗戦以降の時代と考えるのではないだろうか。これは短いModernの時代の中でも、時期を明瞭に区別せざるをえないほど、日本社会が、この時代、社会の枠組みに関わるような大きな変化を遂げたことの反映であると考えてよい。
このように整理してみると、私たちの社会は、まだまだ安定した歴史意識をもつ社会ではないことがわかる。そしていまは、この社会をどのようにして安定的なものにしていくのか、「社会の持続」(Sustainability)をどう実現していくかということを正面から考えるべき時代であろう。
さて、イタリアの歴史哲学者、クローチェは「すべての歴史は現代史である」と述べている。ここでクローチェのいう「現代」とは右にふれてきたModernということとイコールではないように思う。それは、英語でいえばむしろContemporaryというのがふさわしい。つまり同時代(あるいは「現在」)ということである。ModernとContemporaryとは歴史に向き合うときの視座が異なっている。そう考えて初めて、この言葉の意味がわかる。そうでなく、「すべての歴史は現代史、Modernの歴史である」となれば、歴史の中にはPre-modernの時代の歴史が入らなくなってしまう。
つまり「すべての歴史はContemporaryなものである」とは、歴史は時代の古さ、新しさをとわず、すべて現在の社会のもっている問題との関係で考えなければならないといおうとしているのである。これはたしかに正論である。考え方としてはその通りであることは認めざるをえないだろう。しかし、よく考えてみると、これはむずかしいことである。Contemporary(同時代)のことを考えるためにはModernの歴史を考えなければならないのはあたりまえのことのようにみえる。しかし、たとえば、私たちは現在のことを考えるのに「大正」の時代のこと、「昭和」の時代のことを本当に考えているであろうか。そう内省してみれば、その難しさはすぐにわかるだろう。
また、現在との関係でPre-modernの時代の歴史を考えるというのも難しいことである。どちらが難しいかは一言ではいいにくいが、Pre-modernの時代についての難しさは、まずは時間が長すぎるということであろう。もちろん、Modernの歴史も、Pre-modernの歴史も、どちらも日常生活では実感できないような長い時間を対象にしている。しかし、Pre-modernの歴史というものはともかく長い。江戸時代の歴史となれば、いまから150年以上むかしであり、それ以前となれば、もっともっと前までさかのぼる。それはほとんど無限の時間である。前近代史を考える場合の第一の問題が、この無限に長い時間をどう実感するかということである。以下では、そのために、いわゆる自然史にかかわる問題を意識的に取り上げてある。地殻の変化、気候の変化などは10年あるいは100年の単位よりももっと長い時間の経過の中で動くが、それは人類社会に大きな影響をもたらす。もちろん、Pre-modernの時代を学ぶ意味はまずは社会にとってきわめて大事な意味をもつ歴史的伝統といわれるものを根源にさかのぼって知ることにあるだろう。しかし、長い未来にむけて「社会の持続」(Sustainability)をどう実現していくかを考えるとき、この自然史について知ることも、Pre-modernの時代を学ぶ重要な目的である。
それは自然的な環境を共通にする列島の島々の連なりや、近隣の国々のことを考えることにもつらなっていく。もちろん、私たちの棲む列島は地球の一部であり、また私たち自身の血のなかにも人類の誕生の時代からみればほとんど世界中の人々の血が入っている。しかし、私たちの棲む列島は、ユーラシア東端、朝鮮半島の外れにあり、また台湾から琉球弧の島々、九州から北海道までの四島からなる本土列島、さらに千島列島に北上していく火山帯の上に形成された島々である。私たちとそこに棲む人類との関係は人類の野生の時代にまでさかのぼる。中国大陸から朝鮮半島という西から東へのベクトルと、台湾と千島列島をつなぐ南北のベクトルの両方が、この列島をつらぬいてきた。列島の形成や火山噴火、繰り返される海進と海退、そして気候の変化などは、しばしば共通する運命として、この東アジア、太平洋西縁の地帯にあらわれたのである。
いうまでもなく、世界史の波動は、自然の地理的・環境的な自然を共通する近隣の国々との関係の中で、私たちの国と社会を揺るがしてきた。私たちは、海をこえてつらなる国々、島々からさまざまな文化や情報を受け入れてきた。この意味ではこの列島の範囲にすべてが局限された「日本史」という枠組はせますぎる。とくに7世紀の後半に形成された本格的な国家が、「日本」という国号を採用する前には、「日本史」といいにくいという意見は拒否できないだろう。また江戸時代以前の沖縄や北海道を「日本」とはいいにくいのは明らかである。そこで、この解説では、島尾敏雄の用語をとって、必要におうじてヤポネシアあるいはジャパネシアという用語を使っている。世界史と日本の関係を考える場合、とくに前近代では中国大陸の高文明から韓国ー日本という西東軸を中心にしがちであるが、しかし、南北からの影響のベクトルもつねに大きな役割を果たしてきた。
このような西東・南北の二つのベクトルを組み合わせることによってはじめて列島内部における東西、太平洋側・日本海側などの地域区分も生きてくることになる。ジャパネシアは琉球弧、本州四島、千島弧などの島ごとに区分するとともに、西部日本海側、西部太平洋側、東部日本海側、東部太平洋側という区分が必要なのである。列島ジャパネシアの自然は南北に長く、自然条件はきわめて多様で豊かである。この国は、海・海辺・山地を通じた交通は活発なもののほとんど違う「くに」といえるほどの地域性を帯びているとしなければならない。私たちの祖先は、それを私たちよりも身にしみて知っていたはずである。このことを知ることもPre-modernの歴史を考える重要な目的である。
さて、次に、以下のようなメモをゼミで議論する意味であるが、そもそも歴史の研究と教育・学習のためには、このような「要約」あるいは「メモ」が必要である。このような時代の概説は大きく時代をとらえるために必須の作業であり、それがなくては知識の蓄積や伝達はむずかしい。とくにこのような要約は授業カリキュラムを構成するためにはどうしても必要になる。
もちろん、このような要約はあくまでもメモであって、それだけでは知識量は絶対的に不足している。(1)歴史辞書、(2)通史叙述(各出版社からでている『日本の歴史』などの通史シリーズなど)、(3)研究書・論文・講座などによって、機会あるごとにメモを追補し、記憶の世界を作り直していく作業は必須であり、さらにその背後にある「歴史資料」それ自体を点検することも必要になってくる(これについては現在ではデータベースの利用も可能になっている)。こうして知識とイメージを点検しながら、一度は記憶することなしには説得的な歴史像はうまれない。以下の要約は、あくまでもその意味での記憶のための結晶軸である。
なお、ここでは、前近代の時期区分を、①縄文時代、②弥生時代、③古墳時代、④飛鳥時代、⑤奈良時代、⑥平安時代(摂関期)、⑦平安時代(院政期)、⑧鎌倉時代、⑨南北朝時代、⑩室町時代、⑪戦国時代(以上の項目はだいたい各項目4000字)としている。(幕藩体制と近現代については将来追補)。「古代・中世・近世」などの時期区分ではなく、むしろ時代の特徴や首都の所在によって区分する伝統的でわかりやすい用語を使った。「古代・中世・近世」、あるいは「封建制」などという用語は、時期区分の仕方や意味については議論が多いのが実情であるので、どう転んでも無駄にはならない知識ということで、このような時期区分を採用した。
また、いうまでもなく、以下の時代概説のすべてが歴史学界の一般意見ではないことにも留意されたい。とくに全体は「通史概説」のようになっているが、そのようなレヴェルで一致することは現在の歴史学ではなかなかむずかしい。つまり、歴史学は本質的に資料と細部にこだわるが学問である。とくに、ここ20年ほど社会科学・人文科学の側での歴史的視野あるいは歴史的理論の議論が活発化していないこともあって、現在では、学界での共通意見が「通史概説」のレヴェルで議論されることも少なくなっている。もちろん、以下の叙述はできる限り通史シリーズなのに記述されている学説、あるいは研究史上でよく知られた学説などに依拠するようにしており、主要なものについては「参考文献」に記したが、紙幅の関係あるいは研究状況との関係では私見により、また諸学説の趣旨を取り合わせて叙述した部分も存在する。この点、ぜひ、参考文献などにもどって利用されるようにお願いしておきたい。
参考文献(あくまでも例示的なもの)。
『日本史史料』(古代から近世3冊、歴史学研究会編、岩波書店)ーー史料から確認するために。
保立道久『歴史学をみつめ直す』(校倉書房)ーー時代区分論について。
『日本史講座』(歴史学研究会・日本史研究会編、東京大学出版会、2004年)